‘喜代子の折々’ カテゴリーのアーカイブ

七夕

2015年7月7日 火曜日

総合誌の「俳句四季」の授賞式は毎年七夕の日、7月7日である。この会の第一回目は平成13年、と貰ったプログラムに書いてあった。14年も経っていたのだ。句集『螢袋に灯をともす』で第一回目の「俳句四季大賞」を戴いたものにとっては、随分月日が過ぎたんだな、という感慨が湧く。

年間の句集から「俳句四季大賞」が選ばれ、応募の句から「全国大会大賞」が選ばれる。今年の「俳句四季大賞」は渡辺誠一郎氏の『地祇』が選ばれた。全国俳句大会の大賞は安居雅寿氏。

会場で隣にいた女性が毎年雑誌の最終選には残っているのだが、受賞したことが無いと言った。若い方だったので、毎年応募する行程を踏むだけでも、知らないうちに俳句力として蓄積していくものだから無駄ではないと言ったら、なんとなく納得してくれたようである。
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ににん59号発送完了

2015年7月2日 木曜日

月末に発送できるように「ににん」は届いていたのだが、届いた翌日から家を留守にしてしまったので、発送が遅れてしまった。それでも、特約ゆうメールという制度で、郵送料はクロネコメール便と変わらない料金だったのでほっとしている。

この特約ユーメルはヤマト運輸が急にメール便を中止したことで、急遽企画されたもののようだ。近くの小さな郵便局に問い合わせても通じないので、本局に連絡を入れてようやく特約の許可が下りた。「ににん」は4日ごろには行き渡るのではないかと思う。

天変地異

2015年6月17日 水曜日

「雨ですよ。大粒ですよ」と宅急便屋さんが、荷物を手渡しながら言った。まだ降り始めたばかりのようだったが、それから雨のことを忘れていたのはすぐ止んでしまったからだ。

ところが、我が家から15分くらい車を走らせる戸田辺りは大降りだった様子だ。都内でもかなりの雨量だったことがニュースになっていた。16日には群馬県伊勢崎あたりで、落雷や突風でハウスが100棟以上も崩壊したニュースを聞いた。

このところ、天変地異のニュースが次々入る。今年になってから、御嶽山の噴火、箱根の地獄谷、鹿児島の口永良部島でも噴火。浅間山も噴火の気配を見せている。
外国でもチリ南部のカルブコ火山が爆発したし、ネパールでは地震で世界遺産が崩壊した。なんだか、地球が崩壊しそうな気配だ。

取りあえず今日は、クロネコさんの届けてくれた「ににん」原稿の再校を済ませなければ。

千秋楽

2015年5月26日 火曜日

娘に歌舞伎の予約を任せておいたら、今月は明治座のチケットだった。どうしてー、と思ったが、水芸が入るからだという。そういう季節になったのだと、意外なところで、夏を実感した。

千秋楽がいいな、ということで、それだけは私の希望が叶って26日の夜の部に行ってきた。それで、水芸はどこで、と思ったが演目通し狂言「鯉つかみ」の最後の最後、 主人公片岡愛之助と大鯉が現れて、琵琶湖を背景にした舞台の真中で格闘するのだ。そういえば場内係りが前の席の人にビニールを配っていたなーと思った。

初めに「あんまと泥棒」、これは猿之助と中車の二人で終始する演目で、ひとえに芸の張り切りどころかも知れない。面白かった。だが、もうひとつの演目『鯉つかみ」はひとりひとりの役どころを生かした所作は上手かった。だが、狂言と言ってしまえばそれまでだが、なんとなく物語はどたばたし過ぎ。

さー、明日から「ににん」59号の編集も終盤に入る。

酢漿草(かたばみ)

2015年5月17日 日曜日

いま目の前に群がっているのは、さっき出合った植物と全く同じ葉、同じ花なのにすべてがミニチュア化されていた。土壌の条件次第で大きくも小さくもなるのだろう。なんていう草だったかなーと思ったが、名前が出てこなかった。こんなことはこのごろ珍しくない。

地上に張りつくように群がっているその草へ、赤子を覗き込むように屈みこんだ。踏み固められた道の隙間に群がる草はちいさいながらも、三辨の葉を浮かせて、黄色い花も付けて、すべてが完結していた。それがいかにも健気さを感じさせた。

群がっているとは言っても、ごくごく小さな植物の群生は気に留めるほどの存在感もない。苔だってこのくらいの群がり方をするだろう。青黒くかたまりあった島状の形が、いつだったか目にした河辺の風景を思い出させた。

以前、そのことだけをこのブログに書いたことがあるが、川面の直径五、六十センチの黒っぽいかたまりが気になった。かたまりそのものは一か所に動かないでいたが、その表面は絶えずもやもやと蠢いていた。藻が寄り集まって川の流れに揺れているというよりは、もっと意識的な動きに思えたので、つと足元の小石を、そのかたまり目がけて投げてみた。

青黒いかたまりは、形のまま少し移動して何事もなかったごとく、移動した位置で揺れていた。移動の瞬間、数匹の小魚がそのかたまりに急いで紛れ込むのを目にした。やはり魚の群だったのだ。きっと、群れの動きに遅れをとった数匹の魚は、今頃仲間に叱られているのではないかと想うと、なんだか可笑しかった。

その魚の群が、最近観た映画『パプーシャの黒い瞳』と重なった。ポーランドを旅するジプシー一族の話だ。あの映画は理解できなかった。理解できないという前に、ジプシーの生活が理不尽な環境に思えた。それなのに、映画の中のジプシーたちは定住を拒み社会との同化を拒んでいた。重なり合っている魚群は、さながら黒目川のジプシーみたいだ。多分あの形態を維持することが大きい魚や鳥から身を守ることなのだろう。

改めて、名前の思い出せない植物に意識を戻してみたが、思い出そうとすればするほど、いつも簡単に出てきていた草の名前が、頑なに呼ばれることを拒んでいるみたいに、遠くなってしまう。

このまま一つずつ言葉を失くしてしまうような気もした。そのためになおさら思い出すことに執着してしまうのである。別に、その名前を知らなくても一向に支障はないのである。もともと、ふと足元にあった雑草に意識を寄せただけのことなのだから。

名前の思い出せない植物によく似ているのがクロバーだが、クローバーほどには逞しくない。白詰草とも呼ばれるクローバーの、三枚の葉が一枚多ければ四葉のクローバーとして珍重がられる。その花は子供が摘んで首飾りにしたりする。

野の草花でも、花壇の花と同格になるような薊や野菊なら知名度を持っている。だが、この小さな雑草の名を見知っている人は案外少ないかもしれない。だからといって、決して珍しい草ではない。石段の端の凡そ草など生えそうにもない場所にも噴きだすように生えていたりしている。

現に今歩いてゆく土手の足元にも次々現れる。大方の植物は季節の移り変わりとともに、茎を延ばしたり花を掲げたりしたりして、それなりに人の注目を集める。だが、名前を思い出さないその植物は、花が咲いても咲かなくても一年中同じ表情をしているように思える地味な植物だ。そんな草にも名前があったのだと思うほどだ。

しかし、その地味な植物の花の名前を、あえて結社誌に付けた俳人がいる。きっと、野の目立たない小さな花のようにこつこつ地道な活動をしていこうよ、という願いを込めたのかもしれない。そのとき、突然「かたばみ」という言葉が蘇った。そうだ、その植物は「かたばみ」と呼ぶのだった。俳句誌の名前も「かたばみ」と言うひらがな表記だった。

楊梅(やまもも)の実

2015年5月15日 金曜日

出かける前から楊梅の実が気になった。たしか暑い時期にその実は成っているはずなのである。今日は桶川のさいたま文学館で、今年度の文芸賞の選考委員の第1回目の会議がある。その文学館の最寄り駅の桶川駅近くに楊梅の木がある。

文学館へは、何故か一時間くらい、と思ってしまうのは同じ埼玉県内という気安さからだ。ところが、実際には家から文学館の会場までは、一時間をはるかに超える時間がかかる。家を出るときには、向こうへ着いてから、文学館脇にある茶房でお茶してから、文芸賞選考委員の会議場に臨むつもりでいたのだが、その余裕はなさそうだった。

慌てればお茶ぐらいは飲めそうだったが、やはり気が急くので、会場に直行した。まだ予定の時間には15分くらいあった。でもでも、なんともうほとんどの顔ぶれが揃っていた。みんな律儀な先生方だなーと感心してしまった。やはり、選考委員という役目をおろそかにはできないという気持ちの表れが、時間内に会議の席に着くということなのだろう。

出かける前から楊梅のことばかり気にしているのは、不届きものかもしれない。帰りは連れもなかったので、気兼ねなく楊梅の木に立ち寄れた。いつだったか、島根県の古事記の黄泉平坂の場所とされている所を訪れたとき、その前に楊梅の木が植えられていた。黄泉の国から逃げ帰るイザナギが鬼たちに投げた桃ってこれのことなの、と意外に思ったりもした。

それでも楊梅の実の色は、確かに黄泉の国にふさわしい色かもしれないが、こんなに小さくてはいくら投げても効果がないような気もした。まー、それはおとぎ話みたいなもの。神さまが手にとればたちまち巨大な実になるのだろう。誰に気兼ねもなく立ち寄った楊梅の木だったが、実が一つもついていない。落ち尽したというより全く実の気配もない。これから実が出来始めるにしても、その気配ぐらいはあってもいいのだが。

平林寺

2015年5月8日 金曜日

我家から一番手近な吟行地である平林寺。気がついたら今年は一回も行っていなかった。本当は、平林寺の後の雑木林の芽吹いたばかりの頃に行きたかったのだが、うかうかと月日をやり過ごしてしまって、気がついたら夏になっていた。

夏になると、鬱蒼とする雑木林は蚊も多いし、毛虫も墜ちて来そうで、とても、裏まで回れなくなる。山門をくぐって、仏殿に突き当たる。その脇を回って仏殿の後ろの中門を潜って本堂へ行き着いた。

そこにたどりつくまで、ずっと小銭入れを探していた。入り口で貰ったお釣りを入れたところまで覚えている。そのあと賽銭のために小銭入れに意識を寄せたのは、山門を潜るあたりからだから5分と経っていないのである。結局、参詣するときにも小銭入れは見つからなかった。きっと受付当りに落としたのだろう。

それから、半僧坊や鐘楼や庫裡の辺りをうろうろしたが、後ろの野火止塚や業平塚まで行く勇気がなかった。本堂への石疊を人の気配察した蜥蜴が2,3匹走り去っていったからだ。庫裡へ回る途中でも木立から垂れている青虫が空中でもやもやと動いているのにも出会った。

受付の人は、私が小銭入れから払おうとして、足りなくて改めて千円札でお釣りを受け取ったのを覚えていたが、届けられてはいないという。私の後に入ったのは4,5人なんだけどーと思った。

でもでも、何だか天狗が盗んだのではないかと思った。なぜって全く落した感覚がないのだ。何だか貯めこんでしまった5円玉1円玉が嵩張っていて、落としたら音がしそうな存在感を持ったがま口なのだ。

「あったらお知らせしましょうか」と言ってくれたが、もしかしたら、どこかまだ探していないポケットに隠れてゐそうな気がして、「いいです」と言ってしまった。

仙台で

2015年4月18日 土曜日

150418_1307~01   150418_1306~01  150418_1224~04  一枚目の写真を見るとこれがラーメン店とは誰も想像しない。第一店の看板も見えない。ところが門を入って入口に立つと左手に看板らしきものがあった。これじゃー何屋さんかもわからないが、入り口には奥へ進んで並んでくれという案内が書き込まれていた。奥へ入ってもさらに奥まで進まないと人気がない。すべてはひとつのお屋敷の中なので、外からはその賑わいが全く感じられない。

ラーメン店の入り口を遠くに眺める位置の縁台に、20人くらいの人がいた。席が空くと見越しの松の向うの戸が開いて「何人!!」と尋ねる女性の声が掛かる。案内されたのが30分後くらいだったかもしれない。メニューはラーメンしかない。

曾孫の小学校入学祝に仙台まで行ったときのことだ。ラーメンでも食べていこうかということで、その気になっていたが、一瞬、娘夫婦の記憶が間違っているのかと思ったほどだ。味はちょっと濃い目のかつお出し味、まずいと言わないがどんなに美味しくってもラーメンですからね。なんだこの盛況ぶりはという感じだった。門の外の駐車場は昔映画館だった跡地だという。

ラーメンで腹ごしらえをした娘夫婦と私たち夫婦で、塩釜まで車を走らせて、夜の祝宴の食材探し。さすが海のもの山の物のどちらも豊富。筍はまだ九州産だが、山菜は周辺のものなのだろう。蕗の薹、こごめ、多羅の芽はもちろんだが、わらび、行者にんにく、うるい等・・・。見物するだけでも楽しい密度のある風土色だった。

ぺんぺん草

2015年4月3日 金曜日

150329_1444~01 ににんの仲間と近くの黒目川のお花見をした。花嵐とも呼びたい強風で桜は殆ど散ってしまいそうだ。土手の桜並木の外側には、秋にはコスモス畑になる土地に雑草がいっぱい。それもペンペン草が畝を作っていた。どうみても自生とは思えない。薺の種なんていうのもあるのだろうか。もっとも正月の七種には薺は必須である。店で売られている七種はこうして育てられたものなのかもしれない。

ずいぶん昔、「貂」の仲間と鎌倉吟行をしたときに、誰かが薺飯を作ってきた。それは、こんな風な畑のものではなく、野原に出かけて摘んできたものだ。あのときは川崎展宏先生とそのお友達だった飯島耕一氏も一緒だった。うろ覚えだが(鎌倉山へ担ぎ上げたる薺飯)というような句を詠んだのは飯島氏ではなかったろうか。なにしろ、「貂」には料理の上手な女性が揃っていた。

その「貂」のお仲間のひとりのお嬢さんが、今日の黒目川お花見の同行者辻村麻乃ちゃんなのである。鎌倉吟行をしていた頃、彼女は高校生くらいだったかもしれない。ほんとうに、月日を感じてしまう。黒目川のほとりには、枹杞も芽噴いていた。枹杞飯などという季語もあるのだから、この芽を摘んで炊けばいいのだろうか。どう見ても食べられそうもない葉である。秋には枹杞の実が成るのだから、見間違いをしているわけではないのだが・・。

さくら草

2015年4月1日 水曜日

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枯れてしまったサボテンの鉢に桜草が咲いた。鳥が種を運んできたのだろうか。車で30分ほどのところには桜草の自生公園があり、国の天然記念物指定になっている。まだその時期に行ったことがないのだが、この桜草は私に見に行くことを促しすためにやってきたのかもしれない。

「ににん」58号の発送を昨日やっと終わらせた。今日あたりからぼつぼつ届きはじめるだろう。今回は校正の大失敗がある。写真も明瞭ではない。やっぱりカメラを買おうかな。

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