2010年4月 のアーカイブ

『絵硝子』5月号  主宰・和田順子

2010年4月30日 金曜日

現代俳句鑑賞      評者 金田美穂

    急行の速度になればみな枯野             岩淵喜代子
                                              「俳句」二月号より
 
 誰もが経験している車窓の景であるが、つい見逃がしてしまいがちな事柄を詠んでおられる。ゆっくりと走り始める時などは、枯れ草の中にも、それぞれの花や青い葉を目視することも出来ようが、速度をあげて窓の景色が流れは
じめると、枯れ一色となってしまう。日常の生活の中において、人と異なる所に目を配る大切さを改めて肝に銘じた。

須原和男句集『国原』    2010年4月刊

2010年4月27日 火曜日

  金閣の金もろともに水ぬるむ

 水に映る金閣の 金、それがときどき風にゆらいだりしながら、あくまでも金色を失わない池の水。金もろともには、言いえて、格調のある句である。『貂』同人。

   菜を洗へ布をさらせと春の滝
   金閣の金もろともに水ぬるむ
   国原に水あまりをり残る鴨
   そこまでは杖のとどかぬ浮紅葉
   八月の蟻に遅れてあゆみけり
   いろいろの帯が行くなり里祭
   みしみしと二階から来て成人す

藤沢紗智子著 『北澤瑞史の豊穣世界 ーー 秀句鑑賞』

2010年4月27日 火曜日

 これは「季」主宰藤沢紗智子の北澤瑞史俳句の鑑賞文である。あとがきによると、十一年間の集成だというから、北澤氏の作品のほとんどを鑑賞し尽くしたのではないだろうか。A5版の380頁近い大冊である。惜しいのは、年度を追って編集してある俳句の順序のままの索引であることだ。せめて、五十音順、あるいは季語別にして欲しかった。

「季」の創刊主宰だった北澤瑞史氏の前身は「鹿火屋」である。北澤氏は藤沢の国語教師であったが石鼎の「蔓踏んで一山の露動きけり」の句に惹かれて、「鹿火屋」の門を叩いた人物である。「鹿火屋」でもすぐ編集長に起用されて、会員の人望も篤かった。

「季」を創刊して五年程で早世してしまったのは残念だった。しかし、それを継承した藤沢紗智子氏の仕事は偏に北澤氏を顕彰することに専念したような気がする。前主宰をこれほど手厚く継承する主宰はまれではないだろうか。

『芭蕉への旅』 監修・森村誠一  角川学芸出版

2010年4月26日 月曜日

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「奥の細道」は永遠にテーマの尽きない一書なのだと思う。この本は、前半は「おくのほそ道」全行程の名蕉地100選を100人の俳人の競詠。一ページごとに原文と解説と写真、それに現代の俳人が詠んだ一句が添えられている。吟行の前の参考にしてもいいのではないだろうか。後半に森村誠一の「奥の細道」全文現代訳ほか。

 NO5 春日部     振り向けば曽良の付きくる鳥曇      岩淵喜代子

磯辺勝著『巨人たちの俳句』ーー源内から荷風まで  平凡社新書

2010年4月25日 日曜日

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 小説家の永井荷風・社会主義者の堺利彦・民族学者の南方熊楠・僧侶の物外和尚・博物学者の平賀源内・歌舞伎役者の二世市川団十郎の俳句を読み解きながら生涯を語り、俳句を語っている。

 これらの人物に俳句などなくてもよかったのかもしれないが、俳句がなければ羽飾りのついた帽子から羽でも取り去ったように、遊びのない生涯になっただろうと筆者はいう。磯辺氏は談林派より蕉風が優れているとは思っていないという自論に照らしながらの俳句鑑賞である。
 
 この本の面白さは、一編ずつの内容の濃さだ。例えばあまり馴染みのない社会主義者の堺利彦の生涯を追いながら、そこに横糸のようにつぎつぎと立ち現れる人物に目を見張る。

靑木空知句集『白い名前の兎』 2010年刊

2010年4月25日 日曜日

おしゃれな句集、おしゃれな装丁、その上に、佐々木六戈さんの序文がまたおしゃれなのだ。それは六戈氏の率いる「草藏」の雰囲気なのではないかとおもった。何気ない風景を切り取りながら、その叙法の仕方が、詩情に置き換わっていくという感じである。

   通夜に焚く葡萄の枝の枯れたるを
   枯芝に忘れてゆきし絵筆かな
   遠足の朝引越してゆきにけり
   このところ筍を煮て蕗を煮て
   白鳥の頭の見えぬ背中かな
   十薬を挿して届かぬ壜の底
   月光のさつき誰かが居りし石
   冬ぬくし兎に白き名をつけて

『樹氷』5月  主宰・小原啄葉

2010年4月21日 水曜日

現代俳句月評      筆者 白濱一羊

       急行の速度になればみな枯野    岩淵喜代子
                                       (俳句二月号)

作者は列車からわりと近いところを見ているのだろう。列車の速度があがるにつれ、車窓から見える風景が流れ出す。そして、全てが枯野に見えるようになったという。感覚的な捉え方に共鳴した。

『雲取』5月号  主宰・鈴木太郎

2010年4月20日 火曜日

現代俳句管見    評者 下條杜志子

        急行の速度になればみな枯野    岩淵喜代子
                                                        (俳句2月号)

例えば、関東平野を北へ北へと列車で行けばこんな枯野が展開するだろう。事や物を極力省略した果ての「急行の速度」という措辞の力を思う句ではないだろうか。集落を出れば急行列車はスピードをあげて小さな駅を飛ばして走る。その体感までもが読者に伝わってくる。遠い山脈をうかべているいくつもの枯野は春の準備中だ。季が違えば緑一色になる。

『蘭』4月号 主宰・松浦加古

2010年4月16日 金曜日

俳句月評       評者  高橋美登里

   決闘の足取りで来る鷹匠は         岩淵喜代子
   急行の速度になればみな枯野
                                   (俳句2月号)

鷹匠になるための訓練の様子をテレビで見ていた。常に緊張の漂う景であった。作者はその鷹匠の足取りに決闘を感じたのだと思う。車窓の景、急行となると常緑の山も家並も、枯れ勝る彩に呑み込まれて枯一色の景になってしまうのだ。

角川『俳句』 4月号

2010年4月10日 土曜日

 

合評鼎談(2月号から)    今瀬剛一・岸本尚毅・山西雅子

● 岩淵喜代子   「枯野16句」

山西
   地中には蟻の楼閣障子貼る
   数へ日の街の起伏を蕎麦屋まで
   春遠し漠に鼠のやうな顔

作り方がどれも違うところが面白かったです。
〈地中には〉の句の〈蟻の楼閣〉は「盧生の夢〉の故事を踏まえていっらしゃるんでしょうね。真っ白な障子を日当たりのいいところで貼っている。夢の中の楼閣がちらりとそこに紛れ込んでくるような感じだと思います。
 〈数へ日の〉の句は、知り尽くした街を下駄履きで行く感じで、〈街の起伏〉は本当に寄り添っている感じの表現で、実に手練といいますか、納得しました。

 〈春遠し〉の句は、〈漠〉は「漠枕」とかで詠まれたりして、どちらかというと幻想的な動物ですが、この句は動物園にいるようなバクですね。確かにネズミみたいな顔をしています。あからさまな現実感、リアリティがあって、三つとも詠み方が違いますが、それはそのままこの16句の弾力になっているような感じがして、面白かったです。

今瀬 
〈地中には〉の句は私も選んでいます。大岡信さんに「虫の夢」という詩があります。この句にはその詩と共通するところがある。想像力はすごいですよ。

    目も鼻もありて平や福笑

 これは面白い。言われると本当にこのとおりです。まさに〈平〉です。なるほど、〈福笑〉を面白い視点から捉えた。
 急行の速度になればみな枯野青いところもときどき見えるのです。常磐線でもそうです。それが本来の急行のスピードになると枯れ色しか見えなくなる。まさに真実を捉えていて、スピード感もあります。

岸本 
〈地中には〉〈急行の〉の句は戴きました。〈春遠し〉〈目も鼻も〉〈数へ日の〉の句も面白いですよ。

 蝋梅の蕊もろともに象牙色

 ロウバイの質感がうまく出せた句です。

今瀬 
よく作者だけが喜んでいて、読者が冷めてしまう句があるのですが、この句は読者も喜べる面白い作品です。

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