2008年5月 のアーカイブ

「ににん」編集中

2008年5月29日 木曜日

梅雨なのかどうか。
今日は一日雨のようだが、窓からの緑が匂ってくるような気持ちのいい空気である。
何時もの年より早く啼きだした鶯が、相変わらず一日声をあげていて、訪れる人は、玄関に入ろうとしてから、必ず足を止めて、後を振り返る。
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鶯に鳴かれるのが意外そうなのだ。そう、ほんとうに、目の前に放っておかれる藪のおかげである。夏はホーホケキョと啼くだけでなく、、谷渡りのようなケキョケキョというけたたましい声を上げることもある。谷があるわけでもないのに。どんなつもりなのか。

とにかく、夏いっぱい、明け暮れ啼いているのに一度も姿を見たことがない。一度くらい見せてくれてもいいではないかとおもうのだが、鶯には通じない。もっとも、こちらも、鶯のために役立っているわけでもないし。

「ににん」の夏号の締め切りは5月25日 なのだが、そんなにきっちり集らない。全部が集らなければ割り付けが出来ない。結局第一月曜日の初校の前日に、一気に片付けなければならない。集るものは集って、一段落ということになる。

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2008年5月28日 水曜日

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  『今朝の一句』 収録句 噴水の虹は手にとる近さなる    

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鑑賞『女性俳句の世界』六月発売 六巻に収録  鑑賞者 高浦銘子

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『俳句四季』七月号  句集『嘘のやう影のよう』特集 

『季』という俳誌

2008年5月24日 土曜日

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創刊がいつだったか、今手許にある一番新しい号は平成20年4月号、通巻16巻4号である。随分月日が過ぎたのを実感する。『季(き)』は『鹿火屋』の編集長だった北澤瑞史が創刊したもの。それを支えているのが脇祥一・藤沢砂智子さん。

鹿火屋の仲間だった北澤さんは、当時の俳壇のひとたちにも人望は篤かった。「鹿火屋」内でも編集長が北澤さんであることが、魅力という会員も多かった。無口で鈍重にも見える風貌の脇さんも、若手の論者として俳壇で知られはじめていた。彼のやさしさに、わたしも何度かほっとさせられた。

その三人が突然『鹿火屋』を不本意なことで辞めなければならなかった。『季』はそんな経緯から立ち上げた雑誌だが、北澤瑞史さんは、それから何年かのちに癌で亡くなって、主宰は藤沢砂智子さんによって受け継がれた。

その藤沢さんが毎月巻頭の文章として書いているのが、「瑞史秀句鑑賞」である。それが今月120回目になった。淡々と10年間書き続けてきたことになる。この四月号を開くと平成九年ころの作品になって、癌のための入退院のころの作品だった。あーもうすぐ終るのだなー、という感慨が湧いた。

月刊の雑誌を発行してゆくのは、時間的なことも大変だが、小さな会では、資金も大変だと思う。藤沢さんはただひたすら、この北澤瑞史の早すぎた死の無念さをバネにして書いてきたかのようにも思えてならない。 頑張って欲しい。

句集『嘘のやう影のやう』の鑑賞   

2008年5月21日 水曜日

 『狩』2008年 6月号  村上沙央氏

同人誌「ににん」代表の第四句集。
平成十三年以降の作品を収める。句集名は〈嘘のやう影のやう〉から。作品は多く日常から発想されているが、私生活の影を殆ど感じさせない。

安直な言葉の繋がりを拒み、真理的陰影を新鮮な取り合わせで詠う。形にとらわれない自由な表現が、そこはかとない抒情性を生んでいる。

揺り椅子を揺らさないでよ春の闇
三角は涼しき鶴の折りはじめ
白鳥に鋼の水の流れをり
古書店の中へ枯野のつづくなり

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『方円』2008年5月号   長谷川掄子氏

本句集名は『嘘のやう影のやうなる黒揚羽』から。あとがきに当時四十代だった『鹿火屋』の主宰らと登った冬至の頃の月山の思い出を記す。栞では齋藤慎爾氏が、著者を〈陸沈〉の佳人と讃え、悠揚迫らぬ態度を見つめる。静かな雰囲気に強さを秘める方なのだろう。
 嘘のやう影のやうなる黒揚羽
 緑蔭に手持ち無沙汰となりにけり
 三角は涼しき鶴の折りはじめ
 運命のやうにかしぐや空の鷹
 古書店の中へ枯野のつづくなり
 この一群の句には、独自の世界がひろがり、着眼点、言葉の扱い、ゆるぎない型など抜群

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『大』春号  境野大波氏

 「ににん」の代表である岩淵さん、「大」のスタート以前から幾度か吟行にご参加いただいて、私たちはごく近しい存在である。
薔薇園を去れと音楽鳴りわたる
嘘のやう影のやうなる黒揚羽
古書店の中へ枯野のつづくなり
岩淵さんは、たぶん吟行などでの着実な「写生」から出発して、詩の領域に近いところまで言葉を飛翔させるのではないだろうか。句集に添えられた齋藤慎爾氏の栞は読みごたえがある。

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『吉野』4月号    野田禎男氏 

春深し真昼はみんな裏通り
緑蔭に手持ち無沙汰となりにけり
雫する水着絞れば小鳥ほど
雪吊の雪吊ごとに揺れてゐる
古書店の中へ枯野のつづくなり

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『八千草』夏号  山元志津香氏

海原を日差しの濁す絵踏みかな
悟りとは杉の直樹石鹸玉
針槐キリスト今も恍惚と
嘘のやう影のやうなる黒揚羽
鶏頭は雨に濡れない花らしき
秋霖の最中へ水を買ひに出る
石鼎の貧乏ゆすり野菊晴

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死者の書  

2008年5月20日 火曜日

http://basyoninin.exblog.jp/

 正津ゼミで「死者の書」を読んだのはいつだったか。この書の反応は極端に分かれて、途中で止めてしまったという人もいた。逆に面白くて仕方がなかった、としばらく本を手放さなかった人がいる。

 そればかりか、その書に魅せられて二度も二上山に登ってきたひとがいる。ににんの「物語を詠む」も「死者の書」だというから、楽しみにしている。

「ににん」吟行 府中競馬場

2008年5月17日 土曜日

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競馬場のイメージって、昔の映画で見ただけで、殺伐と埃っぽいような場所、と思っていたら、どこの門も駅まで、屋根付きの道があって、建物の中はヨーロッパ調のホテルみたい。

その中でお茶をしていれば、窓からの風景は濃い針葉樹が聳えて、ときどき煩いハンファーレの音がなければ、やはりホテルかと錯覚する。詳しいことは、「ににん」の仲間がブログに書き込むだろう。

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競馬を見に来て馬券を買わないなんて、ということで買いにゆく。と言ってもどうやって買うかもわからない。インホメーションでレースのプログラムを貰って、今度始まる7レースの頁を開いたら、仲間がこの人知っている、と指さしたのが内田博幸。

馬の名前もナショナルホリデーといちばん言い易い。それじゃー単勝狙いで55に決める。印をつけてから、気がついたら、下のほうに武豊の名前もあったが、もう印をつけてしまったので迷わない。それから、連勝・復勝・枠組・3連複なんていろいろあることも、丁寧に教えてくれる係りの人がいることも知った。

外には遊園地やら日本庭園やら乗馬を体験する場所があって、薔薇が咲き乱れていた。

映像でしか見たことのない馬場へ出ると、真中に大きなモニターがあって、馬はその後ろを廻ってこちら側に走ってくる。あまりに広くて、というのは馬場の外側も目に入ってしまうから、どこに視点を据えていいのか迷っているうちに、馬は過ぎ去ってしまった。

となりで、仲間が「すごいすごい」と叫ぶ。なんだろうと思ったら、私の買った5番が一着だったのである。それで、300円が倍になって戻ってきた。終わり。

句集『嘘のやう影のやう』の鑑賞   吉原文音

2008年5月16日 金曜日

「ににん」代表の第四句集。感性の刃がきらりきらりと句の森に閃く印象を受ける。じっくりと対象を句眼が解析し、確かな感触を得て、すらりと詠まれた俳句の数々は、読み手の心を立ち止まらせる魅力にあふれている。まずは句集のタイトルになった一句。

 嘘のやう影のやうなる黒揚羽
その翅に漆黒の闇をもつ黒揚羽。その闇の翅はゴージャスな雰囲気をあわせ持っている。黒揚羽に虚栄と虚無を見た作者は、ネガティブな表現で対象を捉えた。 

 白魚を遥かな白馬群るるごと
ちょっと見たところ、白魚と白馬には何のつながりも無い。しかし、ずーっと心の眼を引いて白魚の群れを見たとき、その群れは白馬となったという。実景とイマジネーションの合わせ目に生れた句である。

 春眠のどこかに牙を置いてきし
「牙」とは怒りのような感情だろうか。春眠から覚めてみると、眠る前のその牙的な気持ちが無くなり、平常心に戻っていた。「春眠」ならではのほのぼのとしたやさしさを味わえる一句。

 一生のどのあたりなる桜かな
若木ではなく、老木でもない一本の桜が見える。桜の木の寿命は何年くらいあるのだろう。この桜はそのどのあたりで今、咲いているのだろう。自分の一生の位置もおのずと重なってくる。読者によってさまざまな響きを発する句であるに違いない。

 瞬間の打ちかさなりて滝落ちる
滝を見上げる。次から次へと水が重なって落ちてくる。作者の脳は、即座にその水を「瞬間」という時間に置き換えた。時間を見えるものとして出現させ、読者の脳裏に焼きつける。そして、その瞬間は一句の中に永遠となってとどまる。

 水澄むや鏡の中に裸馬
秋の澄みきった池か湖の水鏡に映る姿が見える。水を飲んでいるのか、ちょうど水鏡をのぞき込むような姿勢の裸馬。それを客観的に見守る作者と、読者は同じ位置に立ち、作者と同じ構図の絵を見ることができる。

 地芝居に集いてみんな羅漢めく
観客のさまざまな顔の表情、姿勢の百態が、ユーモラスな視線で描かれた句。「地芝居」と「羅漢」の言葉の取り合わせが、風土の味わいを引き出している。

 運命のやうにかしぐや空の鷹
空を飛ぶ鷹の傾きを「運命のやう」と言ったのは作者以外にないだろう。ここに、この人の詩の力を感じるのである。こんな一句を得たいと切に願う私である。共鳴句は多数あるが、紙面の都合で紹介しきれないのが残念である。これらの句をみれば、吟行で見たものに捕らわれた単なる写生句がすべて色を失ってみえることことが分かるだろう。今後も「詩」としての俳句を俳壇に示し、俳句の未来を照らしていただきたいと願っている。
                                                          筆者 『太陽』同人 

嘘であり影である至高なひとくくり  平田雄公子

2008年5月14日 水曜日

─岩淵喜代子の世界─     

 今回は岩淵喜代子(ににん)氏の第四句集『嘘のやう影のやう』(平成二十年二月・㈱東京四季出版刊)です。本欄では、既に第二句集「蛍袋に灯をともす」、第三句集「硝子の仲間」を取り上げさせて貰いました(「谺」平成十二年十一月号および十六年五月号)ので、四年振りにお馴染の作家との邂逅と言えるのですが、それだけに更なる句境の進展、詩興の深まりに期待しながら、じっくり読み進めます。

雨だれのやうにも木魚あたたかし
 単調ながら聞き入っていると、何時か心に沁みる「木魚」の音。それは、心臓の鼓動や自然の息遣いに通ずる、「雨だれ」のリズムのよう。そして、ショパンの名曲ピアノ前奏曲《雨だれ》を思い浮かべさせる。ひっくるめて「あたたか」な、春の気分横溢の句である。

釦みな嵌めて東京空襲忌
 「空襲」が日常的だった戦時下では、女性のモンペに代表されるように、何時でも避難したり、行動をおこせるよう、質素ながらきちんとした服装でいた。掲句は、前大戦末期の昭和二十年三月十日の東京大空襲によって、無差別に一般市民である老若男女多数が過酷な目に遭ったこと(死者約十万、焼失戸数約二十七万)を、「釦」を「みな嵌めて」往時を偲びつつ、切に悼むもの。そう言えば、制服などの上の方の「釦」を、一つ二つ外すのが、昔の不良少年(少女)の定番だったものだが。

消しゴムを使へば匂ふアカンサス
 「消しゴム」を使う場面は、ふっと緊張の緩む時でもあろう。窓外からか部屋の中からか、「アカンサス」のすっくとした花穂から、甘い香が「匂ふ」夏の夕べ。消しゴムの匂いとも重なり合って、即かず離れずの、蠱惑(こわく)的で不思議な時空ではある。

海風やエリカの花の黒眼がち
 「エリカ」の、紅紫色の筒状の花の真ん中に、「黒眼」。その正体は、雄蕊の先=葯(やく)の色である。淡い色の花弁の中の黒であるから、正に《黒眼がち》なのである。「海風」にエリカの花枝が揺れると、黒眼が幾つも飛び出そうな塩梅に、睨まれ圧倒されるのだ。

きれぎれの鎌倉街道蝌蚪生まる
 「鎌倉街道」は鎌倉に幕府が置かれた頃、鎌倉と地方を結ぶ主要道路であり、鎌倉幕府の御家人たちが《いざ鎌倉》と馳せ参じた街道である。しかし、近来関東圏の市街化・人口稠密の進展などにより旧時代の道筋の多くは寸断され、鎌倉街道も「きれぎれ」状態なのだ。そんな人間の歴史や都合は、忘れられてもいようが、傍らの池や水路には、今春も賑々しく「蝌蚪生まる」景が臨め、自然のサイクルは時代を越えて健在なのである。

古井戸をのぞきチューリップをのぞく
 人間は物見高いと言うか、好奇心旺盛と言うか、無名の「古井戸」だろうが、隣家の「チューリップ」だろうが、熱心に「のぞき」込むもの。この辺り、俳人なら尚更であろう。掲句の、取合せの面白さ以上に、《古井戸》から脈絡も、節操もなく《チューリップ》へ対象を換えるところが、抜群である。

御堂から地べたに戻る雀の子
 「雀の子」は無意識に、「御堂から地べたに」易易として「戻る」。謂わば仏の精神界から、俗世の塵界への移動であり、人間の位で謂えば、やんごとない殿上人から、地べたに這い蹲る下人への転落であろう。人間の約束事の底の浅さを嗤い、自然=雀の子の逞しさを謳ったもの。

一生のどのあたりなる桜かな
 自分にとって、今が「一生のどのあたり」なのか。誰しもふっと考え及ぶことがあろう。今年もまた「桜」が、若木も老木も、それぞれ春を謳歌するように、美しい花を咲かせている。桜の生涯のスパンは、人間のそれの数倍であろうから、比較仕様もないのだが、人生にあっての花盛りは一体、何時のことなのか。

春窮の象に足音なかりけり
 この四月十日に、神戸市王子動物園で国内最高齢(六五歳)のインド象諏訪子(すわこ)の死亡したことが報ぜられたが、掲句の象は、筆者ご贔屓の井の頭文化園のはな子象(六一歳)でもあろうか。「春窮」即ち春も終る頃、象が春を惜しむ筈も無かろうが、春闌の気怠るさにあるのか、ステップが大人し目で「足音」がしないのだ。

嘘のやう影のやうなる黒揚羽
 句集名となった作品である。「黒揚羽」の悠揚迫らぬ飛翔振りを写したものだが、「嘘のやう影のやう」と畳み込まれると、忽ち大逆転し、黒揚羽が唯一《ほんもの》であって、それを取り囲む全てが《嘘であり影である》ように思えてくるのだ。

陶枕や百年といふひとくくり
《平均寿命の増大によって、「百年といふひとくくり」の重みと言うか、質的な意味合いが変わってきた。等身大になった百年が、年代物「陶枕」と恰好の取合せである。》(掲句は『俳句』昨年九月号に発表されたもの。俳誌『松の花』同年11月号の拙文「現代俳句管見」より、転載。)

晴天や繰り返し来る終戦日
 あの「終戦日」の、八月十五日も朝から暑い「晴天」の日だった。戦後六十余年を経た今、偶々にせよ晴天も「繰り返し来る」気がするほどの永さなのだ。これに先んずる二つの原爆忌と合わせ、日本人として忘れられない、忘れてはならない日である。

もうひとり子がゐるやうな鵙日和
 「鵙」は、他の鳥から托卵された場合律儀に孵し、子育てもするそうだが、この場合はどうか。男にはこの感覚は皆目解らない。落し子が名乗りでた場合でも無かろう。また、「鵙日和」との整合性となると殆ど見当も付かないのだが。ヒューマンな、秋麗の白昼夢と解したい。

運命のやうにかしぐや空の鷹
 「空の鷹」の飛翔振りは、ホバリングやソアリングを含め敏捷果敢だが、中でも風を読み、獲物を狙っての方向転換における身のこなしは、圧巻である。我が身を放下し、引力を引き寄せ「運命のやうにかしぐ」のである。冬麗の空気を、一気に引き裂くために。

男とは女とは霜一面に
 最近は男女の社会的格差縮小が進行し、生物的性差すらも希薄・曖昧になって来たようだが、「男とは女とは」の問題は依然人類永遠の疑問であろう。「一面」を遍く覆う「霜」は広大無辺だが、男女の関係や生き様は千差万別、とても一筋縄ではゆかないものとした、句。

湯たんぽを儀式のごとく抱へくる
 「湯たんぽ」は、最近環境に優しい暖房器具として見直されているようだが、取扱は至って素朴。薬缶から湯を注ぎ入れ、寝室へ運ぶ段になると、中でぽちゃぽちゃ揺れている。栓さえ固く締めてあれば別に問題はない筈なのだが、なるべく揺れないように、「儀式のごとく抱へくる」体たらくなのだ。暮らしのアクセントを謳った、句。

山茶花に語らせてゐる日差しかな
 庭や垣根の「山茶花」が、「日差し」を浴びて明るく咲いている。花期が長い花であるから、何時でも正面を向き勢いのある幾つかの花を付けているのだ。作者は、山茶花のもの言いたげな風情を超えて、話を聞きとめているらしい。その語り口は、どのようなものなのか。
 
以上のとおり、前二句集同様に《歯応えのある、自在性に富んだ》作品群でありました。即ち、対象の本質に鋭く迫りながら、比喩となると奔放を極め捉え難く、《嘘のやう影のやう》に展開する詩の世界そして俳の境地を垣間見る思いでありました。つまり《のやうに》のフレーズが、生半可の指摘では無く、単なる類想に終わらず、別次元へ昇華するのです。更に言えば、《嘘であり影である》部分にある真・善・美への讃歌になっています。今後も、全人格的に現代を語り次ぐ俳人として、存分のご活躍を期待したいと思います。

  『谺』五月号   (筆者住所〒108-0004武蔵野市吉祥寺本町3-21-6-201)

麻布本村町 9

2008年5月13日 火曜日

なんとなく石鼎の最後の住居を追っているうちに、家のありかも間取りもつかめそうになってきた。コウ子が、手ごろな家が空いているからと、木下蘇子にいわれて、タクシーで見にゆく道筋を記録してある。

龍土町から材木町を抜けて有栖川公園の角を曲り、鷹司家の前を通り抜けると直ぐに左に折れてゆきどまりの前でくるまが停まった。

 この鷹司家というのが分からないでまた、携帯で荒潤三さんに問い合せた。先日は戦争で全部焼けたのかどうかを問い合わせて、荒さんは図書館に行って戦争焼失地図なるものを探してきてくださった。まったく、変な人に取り付かれてしまったと、思っているかもしれない。午後になって返信がきた。今のフィンランド大使館・・・と。最後の行き止まりのところは実際に先日、荒さんに案内して頂いた。

かなり近くまでは追い詰めたので今度は、須賀敦子の文章からその位置をさぐる。

高台の家の窓からは、冬の夕方、赤やうすむらさきに染まった空のむこうに、逆光のなかの富士山が小さく見える日があった。家に近い、もう暮れかかった光林寺の境内には、ささらを逆さにしたような欅のこずえがしらじらと光っている。すこし顔をうつむけると、ほとんど真下に、勾配を上手に使った隣家の庭があって、着物姿の小柄な老人が、腰に手をあてたかっこうで空を見上げていた。

この小柄な老人が石鼎である。この文章から、光林寺と須賀敦子の家を結ぶと石鼎の家が自ずと想像できてくる。その上に八歳の少女は近所にもの凄い蔵書を持つ家のマサ子ちゃんと遊びまわる。そのマサ子ちゃんの家というのが。

ーー私たちのまえの私道を三軒ほど奥に入った突きあたりの家に、---
ーー勾配に建っているために、じつは二階建てになっているーーー
ーーそのころ近所に空き家があることがわかった。その家の門は、私たちの家とはまったく関係のない、光林寺坂という私と妹の通学路に面していたのだったが、---
ーーある日マサ子ちゃんが、うちの庭から、おとなりの庭にはいれるかも知れないよ、といったのでーーー

こんな具合の文章の中から、おおよその位置がつかめてきた。楽しい作業である。

『嘘のやう影のやう』の鑑賞

2008年5月11日 日曜日

 最近山口優夢さんと中西夕紀さんのお二人から拙句集に寄せる文章を頂いた。
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中西夕紀さんは先日紹介した結社誌『都市』 の代表
句集に「都市」「さねさし」など
http://weekly-haiku.blogspot.com/2008/05/blog-post_1143.html

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山口優夢さんは21歳の学生さん。お名前だけだと女性かと思う人も居るかもしれないが男性です。たしか、本名だったとお聞きしたような気もする。俳句も本格的である。

婚礼の胸を花野と思ひけり
かりがねや背中で閉まる自動ドア
耳に耳触るる寒椿のやうに

http://blog.goo.ne.jp/y-yuumu/e/9e81b266df3babc242009966ae7f1780
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