2009年12月 のアーカイブ

オンデマントその2

2009年12月30日 水曜日

以前ちょっと触れたオンデマントについてだが、その仕様で俳句とは全くちがう分野の本を出版をした。

 「ふたりの女の子」 は数ヶ月間のあいだ孫に送っていた思い出話。「ににん」とは全く独立させて書いてきたので、ほとんどの人が読んでいないのではないかと思う。こんなに分量があるとも思わなかったが意外や厚かった。 相原 梓(あいあはら あずさ)はもしペンネームを使うなら、こんな名前がいいと温めていたもの。たぶん最初で最後に使うペンネームだろう。

装丁のすべてはお任せしてしまったが、可愛い表紙ができあがった。酷評の齋藤さんにお見せしたら「いいーじゃない」とおっしゃった。オンデマントの良さは小数部でもいいことである。もし、本や出版に興味のあるかたは参考にしてはいかがだろう。 「きれい・ねっと」は若い女性が一人で立ち上げた出版社で、彼女自身も本を出し、講演をしながら、自分の手掛けた本を販売している。

この印刷を手掛けるのが、「きれい・ねっと」社の山内尚子の実家なのである。その印刷会社の社長さんは、どうした弾みかわが「ににん」誌を長年購読して下さっている。思えば、今年もいろいろな方にお世話になった。本に出来るとも思っていなかったこんな話を一書に仕上げることが出来たのも、人のご縁である。

年末

2009年12月29日 火曜日

不思議と年末はおだやかに終る。いつもの散歩道である黒目川もゆったりと鴨が群れて鯉が群れて鳩も群れていた。もっともほかにも鳥はいたのだが名前をよく知らない。

このところパソコンの不調が続いて、ミクシーにまで入れなくなった。この機会にやっぱりパソコンを新調することにした。いままでの旧式のパソコンは、後にコードがどっさりと垂れ下がっていて、それだけでも鬱陶しかった。このごろは無線で繋がるようだ。

手続きをし設定をして使えるようにするのに時間がかかるとかで、大晦日に手渡されることになった。これまでのデスクトップ型ではないので、周辺が随分と整理できる。そのうえノート型だから、どこででも使える。それにしても、安価になった。十年前に買ったときより安いのだ。つい2,3年前から比較すればかなりな低廉である。

「ににん」も予定通りの発送となり、大晦日、あるいは元日ごろには届くのではないかと思っている。振り返ってみればいろいろあったような無いような・・・。多分大きな事件もなく、大きな困難も大きな幸運もなかったからだろう。

唯一特筆することは、長年連載した「石鼎評伝」が九月三十日に無事出来上ったことだ。読売新聞には西村和子さんが、朝日新聞には五島高資さんが、そうして共同通信社には小川軽舟さんが書評を書いてくださった。また、WEV「週間俳句」には猫髯さんが、総合誌「俳句界新年号」に坂口昌弘さんが書評して下さっている。

それよりもいち早く、石鼎の地元の出雲では、山陰中央新報の読書欄に寺本喜徳氏が大きく紹介してくださった。だから、出版されて2ヶ月の間に出雲では小川軽舟さんと寺本さんの二人に書評されたのである。読書欄の私のとなりに紹介されてるのは川上弘美の「これでよろしくて?」だった。やはり、石鼎という名の重さなのだろう。

ブログ「原石鼎」

2009年12月22日 火曜日

八月に新たなブログ「原石鼎」を立ち上げた。かれこれ5ヶ月になるが、毎日更新と言う訳にはいかない。10人くらいに手伝って貰いながら、あとは自分が埋めていこうと思っていたが、頼んだ人もOKしながら鑑賞を送ってこなかったりもし、結局6人くらいの人のお手伝いということになったからである。

それより何よりわたし自身が俳句鑑賞とは、ということを模索中で筆が進まなかったからである。古今の俳句鑑賞の本も広げてみたがこれという目指したい文章ではなかった。それじゃどんなのを目指しているかと問われても答えられない。そのへんに私の鑑賞の筆の進まない理由もあるのだ。

このところようやく「ににん」に書くものが決った。石鼎俳句へのアプローチには違いないが、ただ、一句ごとの鑑賞の羅列では詰らないと思っていたので、少し前進ということだが、果たしてその思いついたアプローチの方向が自分に出来るのかどうか。それが問題だ。

それはともかく、これまでは助走ということにして、もう少し鑑賞者を増やすことにした。人によっていろいろな鑑賞の仕方があっていいとおもっているし、同じ句が何回鑑賞されてもいいと思っている。ぼつぼつ依頼した人からのお返事も来ているので、来年からはもう少し充実するのではないかと思う。

毎日が忘年会

2009年12月19日 土曜日

新月だった。東京駅から乗った車が月島あたりに差し掛かると、高層のビル群そのものがイルミネーションのように鮮やかだった。しかし、新月はそれらの灯にも紛れないで、冴え冴えとしていたから、空気が澄んでいるのかもしれない。日本海側では雪だという。

このところ、神楽坂での「猪」の薬喰からはじまって、荻窪教室「夜の俳句教室」も今年最後の日、「ににん」吟行句会の忘年会。そうして昨日の数人の恒例の会も最後は原宿のイルミネーションを堪能してきた。その揚句の今日ということで、昼間は節制していたが、それでも体重は上昇気味。

その上に、これから本格的な忘年会が幾つも続いて、もうこれでお仕舞だろうと思う、最年末は親族の忘年会が重なる。そうして大晦日になるわけだ。我家はそこから娘家族との大忘年会というか、大宴会が続くだろう。何しろ飲むことも食べることもにも活気を見せる若者一家だから。

このごろは甥やら姪やらも一家を成してきたので、今年の正月一日に集るのは数えたら18人になる。座ることはどうにかできるかもしれないが、どうしたものかと、夫婦で顔を寄せての久し振りの会談になった。

セレクション俳人プラス  『新撰21』 2009年12月 邑書林刊

2009年12月17日 木曜日

 これは18歳から40歳の俳人セレクションである。俳句は完成度で言うべきなのだろうか。あるいは、完成度とはどういうことかということを問いかける一書に思える。すでに俳壇のベテランの域に入っている俳人も何人かいて、層の厚い一集である。

 5句づつ選んでみた。もちろん私の不得意の分野の作家もいるが、そうした作家の句は私が理解出来る中で、ということになる。全体的にとても刺激的で、読むのが楽しかった。

越智友亮   1991年生れ

   暇だから宿題をする蝉時雨
   ふくろうや夢に少女が濡れていた
   春ゆうやけ道に平行して線路
   寝て起きて勉強をしてホットレモン
   鳥雲にティッシュ箱からティッシュ湧く

藤田哲吏   1987年生れ

   花過の海老の素揚にさつとしほ
   緑蔭や脇にはさみて本かたき
   たゆたへる海月と気泡ひかりつつ
   身に入むや亀山駅に白き椅子
   フライドポテト一本引き抜きたれば湯気

山口優夢   1985年生

   月の出と商店街の桜餅
   盆の月この世のどこも水流れ
   夏風邪のからだすみずみまで夕焼
   かりがねや背後で閉まる自動ドアー
   腕に腕からめて春は忌日多し

佐藤文香  1985年生れ

   蜩や神戸の地図を折りたたむ
   滝殿の滝のはざまを通りし象
   密漁のごとく濡れて冬の薔薇
   牡蠣噛めば窓なき部屋のごときかな
   祭まで駆けて祭を駆けぬけて

谷雄介  1985年生れ

   君に逢ふため晩夏のドアいくつひらく
   飯置けばたちまち卓や暮の春
   噴水の向かうに近江ありにけり
   新豆腐黙るといふは火のごとし
   七夕や遠くに次の駅見えた

外山一機  1983年生れ

   母問へばあまたの石榴裂かれたる
   皿を売る母千年を立ちつくす
   ある夜は母のかたちに母屈み
   生前のひるすぎにゐて米洗ふ
   両の眼を父に泳がれ泣いてばかり

神野紗希  1983年生れ

   起立礼着席青葉風過ぎた
   寂しいと言い私を蔦にせよ
   トンネル長いね草餅を半分こ
   これほどの田に白鷺の一羽きり
   三月来るナンマンゾウのように来る

中本眞人   1971年生れ

   風船の仕上げは母の息借る
   それらしき穴のすべてが蟻地獄
   竹夫人抱へるやうに編んでゆく
   苗売りの半年前の新聞紙
   枯れてゐる滝壺に雪積りけり

髙柳剋弘   1980年生れ

   浴衣着て思いがけない風が吹く
   木犀や同棲二年目の疊
   如月や鳥籠くらきところなし
   蝶ふれしところよりわれくづるるか
   秋蝶やアリスはふつとゐなくなる

村上鞆彦  1979年生れ

   父の日の夕暮の木にのぼりけり
   空はまだ薄目を開けて蚊喰鳥
   どの実にも色ゆきみちて実むらさき
   短日や梢を略す幹の影
   冬田晴れわたり湯灌のつづきをり

富田拓也  1979年生れ

   月の出や心に貝の渦見えて
   天の川ここには何もなかりけり
   うららかや青海原といふけもの
   赤光の破船に睡る男かな
   虫の夜や絵巻の中は一面火

北大路翼  

   窓外し入れたる机春の風
   木の皮の齧られてゐる白夜かな
   たましいの寄り来ておでん屋が灯る
   ブランコで人生相談冬の月
   豚の死を考へてゐる懐手

豊里友行   1976年生れ

   ふれるなら刃の匂い青葉闇
   甘蔗の羽音星へ血潮の死者の列
   八月の水平線をかき鳴らす
   自転車の車輪がみがく冬の空
   さみしさも僕の衛星冬の蠅

相子知恵   1976年生れ

   ひも三度引けば灯消ゆる梅雨入りかな
   太郎冠者寒さを言へり次郎冠者に
   初雀来てをり君も来ればよし
   ビニル傘はがし開くや冬の暮
   天窓から籠枕投げ寄こす

五十嵐義知  1975年生れ

   足跡の中にも蝌蚪の泳ぎゐる
   朝霧の盆地を覆ひ尽くしけり
   柿吊るし終へたる茣蓙を巻きにけり
   抽斗の小箱より出づ星月夜
   田作り選るとき箸の細かりし

矢野玲奈    

   春の海渡るものみな映しをり
   たんぽpの黄色はみ出す別れかな
   麗かや生春巻のみどり透く
   モナリザの微笑の先の水羊羹
   空也餅ひよいとつまみて良夜なる

中村安伸  1971年生れ

   儒艮とは千年前にした昼寝
   如月の縞を掴めば渦となり
   どの窓も地獄や春の帆を映し
   貨車錆びて百科事典の桜の頃
   明月やむかしの猫を膝の上

田中亜美1970年生れ

   地下水のやうなかなしみリラ満ちぬ
   愛のあと猟銃のあと青無花果
   アルコール・ランプ白鳥貫けり
   昼蛍母はほどけてしまう紐
   鮎食べて昨日の雨を思ひけり

九堂夜想  1970年生れ

   船遠くしてマルメロの日の渡り
   みずうみへ子をかくし持つ蝶の骨
   旅人を四五人折りて奏でんや
   糸遊に商人は租を投げるかも
   日やゆくえ知れずの時のさくらばな

関 悦吏  1969年生れ

   地下鉄を蒲団引きずる男かな
   野に積まれ割るるテレビや花盛り
   灯らぬ家は寒月に浮くそこへ帰る
   存在と時間と麦と黒穂かな
   生きて見る正方形の春の雲

鵯田智哉   1969年生れ

   ゆうぐれの畳に白い鯉のぼり
   とほく見し草の泉に立ちにけり
   雷の来さうな石を拾ひたる
   脚のあるくらげが海に帰りけり
   ゐるはずの人の名前に秋が来る

須川洋子句集『水菓子』  2009年12月  角川書店刊

2009年12月16日 水曜日

 須川さんとはいつからのご縁だったか。どちらにしても、まだ「季刊芙蓉」は創刊されていなかったから、20年以上も前ということになる。率直な会話をする人はいくらでもいるが、その言葉使いがいかにも天真爛漫な「江戸っ子」を感じさせていた。句集のプロフィールを開いてみて、やっぱり江戸っ子だったと再認識した。『水菓子』は『栞ひも』『小鳥来る』に続く第三句集である。

  花の蜜舐めてわたしも飛べさうに
  哄笑すセイタカ泡立草の群
  秋のこゑ鏡の奥にまた鏡
  失敗の龍勢舁ぎ花野道
  ドトールや煤逃げらしき冬帽子
  小春日の大きな蠅を叩きけり
  象の胴に象舎の影が秋の風
  魔女の靴ずらりと春の飾り窓
  マイクでも使ひゐるかに牛蛙
  片蔭をはみ出してゆく犬の影
  秋は夕暮ケータイから目を上げよ
  室咲きやすべては明日考へやう

 好みの句をあげてゆくと、ドゥーグル・J/リンズィー氏の言う(「生きること」について、さらりと、しかし深く追求している‥‥)という帯文に繋がるのである。

豊田都峰句集『土の唄』 2009年11月  俳句四季刊

2009年12月16日 水曜日

 1931年生れ 「京鹿子」主宰。第五句集『雲の唄』で、第一回文学の森大賞を受賞している。写実を確実に醗酵させた作品群で、風土詠をゆったりと捉えている。

  山の端の日へ手をあげてゐる案山子
  凩やふと奪衣婆のあたりとも
  獅子舞のまづ大空を噛みにけり
  麦の秋雲は小粒の二つ三つ
  天からのははそ落葉と拾ひけり

『笹』主宰・伊藤敬子

2009年12月13日 日曜日

受贈俳誌より ―感銘の一句ー   筆者 大平和男

  一隅に火星黄色く刈田道      岩淵喜代子

 火星は地球のすぐ外側をまわる惑星で、地球との接近時にはその赤く不気味な印象の輝きが、どの惑星より人目を引くものである。1997年の探査機の映像では赤ちゃけた大地に遠く山脈も鮮明に映り、調査では地球と同じように四季の変化もあり、将来移住するとしたら最も可能性の高い惑星と言われている。そんな火星は古代より人類に親しまれていて、ギリシア神話ではアレスの名で農耕の神として崇められていたのである。
 揚句は稲を刈ったあと寂しくなった刈田道で作者は空の一隅に黄色く光る火星を発見し、稲作の豊作を神に感謝された一句であるが、火星への人口衛星の旅を思われたのかもしれない。            「ににん」秋号より

「ににん」37号初校入稿

2009年12月9日 水曜日

「ににん」37号編集中に プリンターが壊れてしまった。紙詰りが原因だ。どうやっても元に戻らない。「ににん」の場合、データーと同時に紙焼も送る。その紙焼はデーターを転送して「ににん」の他の人にプリントしてもらって入稿完了となった。

こんなことが、居ながらにして出来るのはバソコンのおかげである。とりあえず、今日はプリンターを買いに出かけた。このプリンターを替えるたびにインクもストックが使えなくなるのが腹立たしい。今回は現在のインクが使えるものをと指定してみたが、一台も同じインクが使える機種はないのである。どうして、そのたびにインクの形まで変えてしまうのだろう。

仕方がないから、この複合機を修理することにした。急場しのぎに、シングル機種を買うことにした。二週間も無しではいられないのだ。帰りに渋谷まで足を伸ばしてロートレック展を観た。たしかにそうだ、と思うのは「ポスターを芸術に高めた画家」というコピーを思い出したときだ。

実際には画集で見る絵画では感じられない豊かさが、たとえば酒場の歌手を描いた《エルドラドオのアリスチード・ブリュアン》などにある。何にそんなに癒されるのか、とおもうような線描のその輪郭にある。ポスターの単純化された線描が不思議な奥行きを見せて、楽しませてくれた。

渋谷から、神宮前、新宿伊勢丹から目白とめぐるバスで池袋に廻った。街が目白あたりから、なんだが屋根がひくくなって建物が小刻みになった。

ブロッケン現象

2009年12月6日 日曜日

山頂で見えるブロッケン現象を田圃で見た。今年の田尻の雁見学二度目。今回は専門家が夜も朝も連れていってくれる、現地のツアーに参加した。11月より条件が悪くて、ねぐら入りの時間は雨だった。しかし、雁は雨でも雪でも帰ってくるのだそうである。

翌朝は晴れていたので、期待していたのだが、靄っていて、しかも明るくなるにつれて濃くなっていった。中天に月は煌々としているのに、太陽は月のように幻想的な風景になった。雁はどういうときに活動的になるのか、係りの人も分からないそうである。今日はどういうわけか、半分くらいしか飛び立たなかった。

しかし、帰りがけに思わぬ風景にであった。本来は高山の象徴のブロッケン現象が田圃に現れた。山のそれのようには鮮明ではなかったが、写真にも辛うじて写ってくれたが、わかるだろうか。

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