これは18歳から40歳の俳人セレクションである。俳句は完成度で言うべきなのだろうか。あるいは、完成度とはどういうことかということを問いかける一書に思える。すでに俳壇のベテランの域に入っている俳人も何人かいて、層の厚い一集である。
5句づつ選んでみた。もちろん私の不得意の分野の作家もいるが、そうした作家の句は私が理解出来る中で、ということになる。全体的にとても刺激的で、読むのが楽しかった。
越智友亮 1991年生れ
暇だから宿題をする蝉時雨
ふくろうや夢に少女が濡れていた
春ゆうやけ道に平行して線路
寝て起きて勉強をしてホットレモン
鳥雲にティッシュ箱からティッシュ湧く
藤田哲吏 1987年生れ
花過の海老の素揚にさつとしほ
緑蔭や脇にはさみて本かたき
たゆたへる海月と気泡ひかりつつ
身に入むや亀山駅に白き椅子
フライドポテト一本引き抜きたれば湯気
山口優夢 1985年生
月の出と商店街の桜餅
盆の月この世のどこも水流れ
夏風邪のからだすみずみまで夕焼
かりがねや背後で閉まる自動ドアー
腕に腕からめて春は忌日多し
佐藤文香 1985年生れ
蜩や神戸の地図を折りたたむ
滝殿の滝のはざまを通りし象
密漁のごとく濡れて冬の薔薇
牡蠣噛めば窓なき部屋のごときかな
祭まで駆けて祭を駆けぬけて
谷雄介 1985年生れ
君に逢ふため晩夏のドアいくつひらく
飯置けばたちまち卓や暮の春
噴水の向かうに近江ありにけり
新豆腐黙るといふは火のごとし
七夕や遠くに次の駅見えた
外山一機 1983年生れ
母問へばあまたの石榴裂かれたる
皿を売る母千年を立ちつくす
ある夜は母のかたちに母屈み
生前のひるすぎにゐて米洗ふ
両の眼を父に泳がれ泣いてばかり
神野紗希 1983年生れ
起立礼着席青葉風過ぎた
寂しいと言い私を蔦にせよ
トンネル長いね草餅を半分こ
これほどの田に白鷺の一羽きり
三月来るナンマンゾウのように来る
中本眞人 1971年生れ
風船の仕上げは母の息借る
それらしき穴のすべてが蟻地獄
竹夫人抱へるやうに編んでゆく
苗売りの半年前の新聞紙
枯れてゐる滝壺に雪積りけり
髙柳剋弘 1980年生れ
浴衣着て思いがけない風が吹く
木犀や同棲二年目の疊
如月や鳥籠くらきところなし
蝶ふれしところよりわれくづるるか
秋蝶やアリスはふつとゐなくなる
村上鞆彦 1979年生れ
父の日の夕暮の木にのぼりけり
空はまだ薄目を開けて蚊喰鳥
どの実にも色ゆきみちて実むらさき
短日や梢を略す幹の影
冬田晴れわたり湯灌のつづきをり
富田拓也 1979年生れ
月の出や心に貝の渦見えて
天の川ここには何もなかりけり
うららかや青海原といふけもの
赤光の破船に睡る男かな
虫の夜や絵巻の中は一面火
北大路翼
窓外し入れたる机春の風
木の皮の齧られてゐる白夜かな
たましいの寄り来ておでん屋が灯る
ブランコで人生相談冬の月
豚の死を考へてゐる懐手
豊里友行 1976年生れ
ふれるなら刃の匂い青葉闇
甘蔗の羽音星へ血潮の死者の列
八月の水平線をかき鳴らす
自転車の車輪がみがく冬の空
さみしさも僕の衛星冬の蠅
相子知恵 1976年生れ
ひも三度引けば灯消ゆる梅雨入りかな
太郎冠者寒さを言へり次郎冠者に
初雀来てをり君も来ればよし
ビニル傘はがし開くや冬の暮
天窓から籠枕投げ寄こす
五十嵐義知 1975年生れ
足跡の中にも蝌蚪の泳ぎゐる
朝霧の盆地を覆ひ尽くしけり
柿吊るし終へたる茣蓙を巻きにけり
抽斗の小箱より出づ星月夜
田作り選るとき箸の細かりし
矢野玲奈
春の海渡るものみな映しをり
たんぽpの黄色はみ出す別れかな
麗かや生春巻のみどり透く
モナリザの微笑の先の水羊羹
空也餅ひよいとつまみて良夜なる
中村安伸 1971年生れ
儒艮とは千年前にした昼寝
如月の縞を掴めば渦となり
どの窓も地獄や春の帆を映し
貨車錆びて百科事典の桜の頃
明月やむかしの猫を膝の上
田中亜美1970年生れ
地下水のやうなかなしみリラ満ちぬ
愛のあと猟銃のあと青無花果
アルコール・ランプ白鳥貫けり
昼蛍母はほどけてしまう紐
鮎食べて昨日の雨を思ひけり
九堂夜想 1970年生れ
船遠くしてマルメロの日の渡り
みずうみへ子をかくし持つ蝶の骨
旅人を四五人折りて奏でんや
糸遊に商人は租を投げるかも
日やゆくえ知れずの時のさくらばな
関 悦吏 1969年生れ
地下鉄を蒲団引きずる男かな
野に積まれ割るるテレビや花盛り
灯らぬ家は寒月に浮くそこへ帰る
存在と時間と麦と黒穂かな
生きて見る正方形の春の雲
鵯田智哉 1969年生れ
ゆうぐれの畳に白い鯉のぼり
とほく見し草の泉に立ちにけり
雷の来さうな石を拾ひたる
脚のあるくらげが海に帰りけり
ゐるはずの人の名前に秋が来る