セレクション俳人プラス  『新撰21』 2009年12月 邑書林刊

 これは18歳から40歳の俳人セレクションである。俳句は完成度で言うべきなのだろうか。あるいは、完成度とはどういうことかということを問いかける一書に思える。すでに俳壇のベテランの域に入っている俳人も何人かいて、層の厚い一集である。

 5句づつ選んでみた。もちろん私の不得意の分野の作家もいるが、そうした作家の句は私が理解出来る中で、ということになる。全体的にとても刺激的で、読むのが楽しかった。

越智友亮   1991年生れ

   暇だから宿題をする蝉時雨
   ふくろうや夢に少女が濡れていた
   春ゆうやけ道に平行して線路
   寝て起きて勉強をしてホットレモン
   鳥雲にティッシュ箱からティッシュ湧く

藤田哲吏   1987年生れ

   花過の海老の素揚にさつとしほ
   緑蔭や脇にはさみて本かたき
   たゆたへる海月と気泡ひかりつつ
   身に入むや亀山駅に白き椅子
   フライドポテト一本引き抜きたれば湯気

山口優夢   1985年生

   月の出と商店街の桜餅
   盆の月この世のどこも水流れ
   夏風邪のからだすみずみまで夕焼
   かりがねや背後で閉まる自動ドアー
   腕に腕からめて春は忌日多し

佐藤文香  1985年生れ

   蜩や神戸の地図を折りたたむ
   滝殿の滝のはざまを通りし象
   密漁のごとく濡れて冬の薔薇
   牡蠣噛めば窓なき部屋のごときかな
   祭まで駆けて祭を駆けぬけて

谷雄介  1985年生れ

   君に逢ふため晩夏のドアいくつひらく
   飯置けばたちまち卓や暮の春
   噴水の向かうに近江ありにけり
   新豆腐黙るといふは火のごとし
   七夕や遠くに次の駅見えた

外山一機  1983年生れ

   母問へばあまたの石榴裂かれたる
   皿を売る母千年を立ちつくす
   ある夜は母のかたちに母屈み
   生前のひるすぎにゐて米洗ふ
   両の眼を父に泳がれ泣いてばかり

神野紗希  1983年生れ

   起立礼着席青葉風過ぎた
   寂しいと言い私を蔦にせよ
   トンネル長いね草餅を半分こ
   これほどの田に白鷺の一羽きり
   三月来るナンマンゾウのように来る

中本眞人   1971年生れ

   風船の仕上げは母の息借る
   それらしき穴のすべてが蟻地獄
   竹夫人抱へるやうに編んでゆく
   苗売りの半年前の新聞紙
   枯れてゐる滝壺に雪積りけり

髙柳剋弘   1980年生れ

   浴衣着て思いがけない風が吹く
   木犀や同棲二年目の疊
   如月や鳥籠くらきところなし
   蝶ふれしところよりわれくづるるか
   秋蝶やアリスはふつとゐなくなる

村上鞆彦  1979年生れ

   父の日の夕暮の木にのぼりけり
   空はまだ薄目を開けて蚊喰鳥
   どの実にも色ゆきみちて実むらさき
   短日や梢を略す幹の影
   冬田晴れわたり湯灌のつづきをり

富田拓也  1979年生れ

   月の出や心に貝の渦見えて
   天の川ここには何もなかりけり
   うららかや青海原といふけもの
   赤光の破船に睡る男かな
   虫の夜や絵巻の中は一面火

北大路翼  

   窓外し入れたる机春の風
   木の皮の齧られてゐる白夜かな
   たましいの寄り来ておでん屋が灯る
   ブランコで人生相談冬の月
   豚の死を考へてゐる懐手

豊里友行   1976年生れ

   ふれるなら刃の匂い青葉闇
   甘蔗の羽音星へ血潮の死者の列
   八月の水平線をかき鳴らす
   自転車の車輪がみがく冬の空
   さみしさも僕の衛星冬の蠅

相子知恵   1976年生れ

   ひも三度引けば灯消ゆる梅雨入りかな
   太郎冠者寒さを言へり次郎冠者に
   初雀来てをり君も来ればよし
   ビニル傘はがし開くや冬の暮
   天窓から籠枕投げ寄こす

五十嵐義知  1975年生れ

   足跡の中にも蝌蚪の泳ぎゐる
   朝霧の盆地を覆ひ尽くしけり
   柿吊るし終へたる茣蓙を巻きにけり
   抽斗の小箱より出づ星月夜
   田作り選るとき箸の細かりし

矢野玲奈    

   春の海渡るものみな映しをり
   たんぽpの黄色はみ出す別れかな
   麗かや生春巻のみどり透く
   モナリザの微笑の先の水羊羹
   空也餅ひよいとつまみて良夜なる

中村安伸  1971年生れ

   儒艮とは千年前にした昼寝
   如月の縞を掴めば渦となり
   どの窓も地獄や春の帆を映し
   貨車錆びて百科事典の桜の頃
   明月やむかしの猫を膝の上

田中亜美1970年生れ

   地下水のやうなかなしみリラ満ちぬ
   愛のあと猟銃のあと青無花果
   アルコール・ランプ白鳥貫けり
   昼蛍母はほどけてしまう紐
   鮎食べて昨日の雨を思ひけり

九堂夜想  1970年生れ

   船遠くしてマルメロの日の渡り
   みずうみへ子をかくし持つ蝶の骨
   旅人を四五人折りて奏でんや
   糸遊に商人は租を投げるかも
   日やゆくえ知れずの時のさくらばな

関 悦吏  1969年生れ

   地下鉄を蒲団引きずる男かな
   野に積まれ割るるテレビや花盛り
   灯らぬ家は寒月に浮くそこへ帰る
   存在と時間と麦と黒穂かな
   生きて見る正方形の春の雲

鵯田智哉   1969年生れ

   ゆうぐれの畳に白い鯉のぼり
   とほく見し草の泉に立ちにけり
   雷の来さうな石を拾ひたる
   脚のあるくらげが海に帰りけり
   ゐるはずの人の名前に秋が来る

コメント / トラックバック1件

  1. www.710.com より:

    不怕路长,只怕志短。

コメントをどうぞ

トップページ

ににんブログメニュー

アーカイブ

メタ情報

HTML convert time: 0.110 sec. Powered by WordPress ME