2009年4月 のアーカイブ

『鴫』2009年5月号・主宰井上信子

2009年4月30日 木曜日

   句集『嘘のやう影のやう』       評者  石田きよし

「ににん」代表の第四句集、300句。

     嘘のやう影のやうなる黒揚羽

句集名になった句。蝶を見ながら「嘘のやう」と虚の域の昇華するのが深い。同じような手法、

    春眠のどこかに牙を置いてきし
    運命のやうにかしぐや空の鷹

など、枚挙に暇がない。この句集が、平成20年度俳人協会賞の本選まで残ったのも頷ける。その際「独自のものを詠もうとする意欲(黛執氏)」が評価されている。

    白鳥に鋼の水の流れをり
    眠れねば椿のやうな闇があり

などの着想は独自というより、自在な境地にあると言えようか。ここで東京生れの作者の都会感覚の句群に注目したい。

    春深し真昼はみんな裏通り
    古書店の中へ枯野のつづくなり

古書店へ続く枯野は時によっては青野にも海原にも変るのであろう。
栞に齋藤愼爾氏が「悠揚迫らぬ態度で、密かに陸沈している」と作者を紹介しているが、時空の自在性も魅力である。

     桐一葉百年待てば千年も
     百年は昨日にすぎし烏瓜

この句集のもう一つの読み応えは、思い切った比喩にある。

    雑炊を荒野のごとく眺めけり
    雫する水着絞れば小鳥ほど

骨太の句群の中に、女性らしさの漂う珠玉の句。

   夕顔の花にゆきつく恋心

世界俳句協会総会

2009年4月29日 水曜日

小石川後楽園というのは、駅から近いわりには分かりにくいところである。最初に改札の出口で道順を聞いてから歩き出したのだが、それでも途中にある案内板を何回も眺めてしまった。わたしが見ている案内板へ近づいてきたのが八木忠栄さんだった。

やっと連れが出来て、「ににん」への寄稿のお礼も言って、小石川後楽園にたどり着いた。今日は世界俳句協会日本総会が涵徳亭で行なわれるのだ。迷っていたので、時間ギリギリに受付を済ませて席についた。

世界俳句協会は夏石番矢氏の孤軍奮闘で存在していると言ってもいい。それを支えているのが、夫人の鎌倉佐弓さんだ。私はなにもお手伝いもしていないので、ただただ参加することが協力ということになる。

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右から八木忠栄・夏石番矢氏・清水国治氏

総会の最後に、一人一句の三味線伴奏の朗読があって、懇親会。
隣にドイツ生まれの留学生がいた。「俳句」が卒論で、夏石さんの生徒。自作の俳句を読み上げた。

    顔にひかり背中に陰夕暮れどき

光が当るとか、陰を落すは吉凶を意味するものらしい。

大阪の小4女児遺棄

2009年4月27日 月曜日

「大阪市西淀川区の市立佃西小4年松本聖香さん(9)」

このところ、体の中に子供の泣き声がたまっていく。頭の先から爪先まで、どこにいても眠っていても、その泣き声が湧き上がる。「大阪の小4女児遺棄 」事件はあまりにも衝撃的だ。

9歳の女の子が受けた虐待は、箪笥が倒れるような音をさせるほどの凶暴さであり、一週間もベランダに立たされているような執拗なものだったらしい。女の子の痛みや悲しみが自分の身体に再現されることを想像するだけでも、恐怖感が生れる。さらに、その痛みはわが娘にわが孫に重なって落ち着かなくなる。

以前丁度9歳くらいの女の子が、ひきこもりの男に10年ほど監禁されていた事件が発覚した時にも、女の子の無念さや孤独感や痛みが、わが娘に、わが孫に重なって、身のやり場のないほどの怒りを何時までも引き摺っていて、夢の中にまで尾を引いた。

こうしたときに大概は助けられる機会はあるのである。今回も顔に出来た痣が、新しい父親から殴られたものだと訴えたのだ。虐待の疑いをもっと突っ込んでチエックする機関を作るべきだ。一週間も窓に向いて立たされていたことを見ている人が居たのなら、明らかな虐待ではないか。やはり然るべき監視の機関が必要である。新緑の鎌倉を歩きながら、ずーっと女の子の泣き声が離れなかった。

    蟻地獄どこかで子供が泣いてゐる    喜代子

大牧宏句集『冬の駅』第六句集  本阿弥書店

2009年4月26日 日曜日

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昨日は東京會舘で雑誌「港」の20周年記念祝賀会があった。 そのお土産に頂いた主宰の第六句集。この作家の作品を集中的に読んだことがなかったことが、残念である。なんでもない風景、誰でもいつでも目の前にある風景をを非日常に変える才能をもっている。

軒氷柱太らすために夜はあり
揚雲雀引込線が励まして
ベル押して泣きにくる孫天の川
ヘリコプターは冬麗が好きらしく
エレベーターに人が棒立ち冬の底
踏台に乗らねば出せぬ夏帽子
曼珠沙華在来線のために咲く
しばらくは四隅を撫でて新日記

非日常に誘い込む断定はいさぎよくなければならない。この句集にはそれがある。

山蟻のすすみゆく音大きくなる
岬にて颯爽と風邪ひきにけり
熱燗さへあれば男は天下とる
老班を手にちりばめてクリスマス
文運のあるかなくかは虹次第
咳さえも正しく芸術院会員
満洲といふ国ありし蚊遣香
いくらかは彼岸を照らす花火なり

まつもと・かずや氏

2009年4月25日 土曜日

まつもと・かずや氏から新茶の季節がきたから我家のお茶を飲みにいらっしゃい、というお手紙を頂いた。昨年伺ったときに出されたお茶が、ご自分の庭の茶の木から摘んで精製したものだと言ったのを思い出した。美味しいお茶だった。

夫人は「何年かは失敗したのよ」と言った。焙烙で精製するのかと思ったら「フライパンよ」と無造作に言うのだった。だが、まつもと氏の家のお茶に呼ばれるということは、それに始まる懐石料理があるのだ。

それはそれは量感のある料理で、お薄を出されてから食べ終わるまで4時間くらいはすぐに経つ。そのあいだ、夫人は台所と客間を往ったり来たりしていて恐縮してしまうのだが、一向に苦にならない風だった。

何回夫人の手料理を頂いたことか。たまたま電話口に夫人が出ると「あら、いわぶちさんたまにはいらっしゃいよ」と、いつも言うのだった。夫人が同席するのは最後の珈琲タイムの時である。目の前で丈高いサイホンを用意したあとアルコールランプに火をつける。

「お父さんがこの入れ方じゃないと駄目っていうのよ」と夫人はしゃかしゃかとカップを配る。初めて伺ったときは、椎橋清翠さんとご一緒した。一時に伺うと伝えると昼食はとらないで来るようにという連絡が入り、その時以後ずーっと伺う度に、お料理を頂いている。

今日は3時に伺うと言ったこともあるのだが、家は3時頃が昼だから、というので、やっはりそこから暗くなるまでの晩餐だった。

六日町

2009年4月24日 金曜日

ゴールデンウイークの直前の新潟は、田圃にまだ水も入っていない。見回せば高い山には残雪があり、魚野川も信濃川もゆったりと大きかった。このあたりは今放映のテレビドラマ『天地人』のゆかりの地。町にはいたるところに赤い幟がはためいていた。    

本来なら、六日町の夫の実家に直行するのだが、その家はもうない。誰も住まない家を十数年管理してきたが、昨年やっと手放したのだ。雪国の空家管理は大変なのである。兄弟姉妹たちも老いてきたので誰も継ぐことのない家に見切りをつけるしかなくなった。私は嫁の、それも外へ出た末っ子の嫁であるから、ただただ傍観者に過ぎない。

昨年までは、法事にかこつけては実家に集って、山菜採りに興じた。こごみ、蕗の薹、土筆、わらびなどを思う存分摘んできた。少し足を延ばしたときには、スキー場のリフトの下の斜面を覆う片栗の花も採ってきた。この花はゆがくと藍色になり、それを甘酢に漬けておくと、また鮮やかな紫になる。家があればあるで楽しむことは残っていたが・・。

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笹団子を買う店の前に追分の碑があった。清水街道とは国道291号線。三国街道は現在の17号線。以前はこの17号線を辿って実家に帰ったものである。紅葉の三国峠の風景は花の季節より鮮やかである。しかし、今は関越高速路が出来たので、この峠越えの醍醐味を味わう人は稀のようだ。

毎年摘み草に興じる義姉妹たちは、車のなかから「蕗の薹」だ、「こごみ」だと騒いだが、結局摘草をする機会はないまま一日が終ってしまった。夜は坂戸山の麓の旅館で、昼間車窓から眺めた「蕗の薹」や「こごみ」の料理を味わったが、御飯が不味いまずい、としきりにいう。たしかに魚沼産の本場にしてはお粗末だ。

2泊目の湯沢のホテルの夕食で姉たちがどんな感想をいうのかなーと思っていたが、ここの御飯は合格だったみたいで何も言わずに食べていた。冬はスキー客で賑わうであろうホテルの窓が「稜線」を切り取り、額縁の役目をしていた。

翌朝、売店に「こごみ」があった。一袋百円。

藤田湘子全句集  角川書店   2009/4/15刊

2009年4月19日 日曜日

一周忌に最後の第十一句集『てんてん』を上梓。没後四年の今年は『藤田湘子全句集』を上梓した。この作家の名前とともに次の2句を思い出す人は多いはず。

    愛されずして沖遠く泳ぐなり     
    雁ゆきてまた夕空をしたたらす    第一句集『途上』

ことに、「愛されず」の句は物語性もあり、さまざまな話題性に富む作品だったからである。平井照敏作かなと思いながら覚えていたのが次の句である。
     
    うすらひは深山へかへる花のごとし   第五句集『春祭』

この第五句集『春祭』は「刻々と氷柱に強き燭たまる」「近づかず離れず朴の冬木あり」で終るのだが、感覚性の作品の多い句集だった。しかし、改めて今回の全句集には「うすらひの」の感覚の句はあまり見当たらない。初期の「愛されず」の思惟性とことばからの触発から「あめんぼと雨とあめんぼと」などの句へ移行しながらも、最後まで思惟的な句が貫いていた。

全句集には別冊の索引が付いている。一つは季語別、一つは作品の上五のことばからの索引である。これが別冊でついているのはありがたい。そのほうが、使いやすいからである。

渡辺信子句集『冬銀河』    巴書林   2009/4/1刊

2009年4月19日 日曜日

跋  島田牙城

    くらげ泳ぐ海底に開く新聞紙           昭和篇
    かすみ草勝手にゆれて戦災忌
    胡桃拾ふ冬日が波のポケットに鳴る
    もじずり草部屋に牧場がないと云ふ
    空に指ふれて花びらふとわたし
    ぼうたんのあたり金色夕仕度
    乾くものから翔つ村中の落葉

    すれちがふ誰もゐぬ野のシャボン玉      平成
    胆管に星のかけらの星まつり
    雪に濡らして読む死後の新聞
    白鳥の助走に我を反らす天

昭和55年に始まる句集で結社に入会して研鑽したこともないようだ。しかし、途中金子兜太の俳句教室に拠ったこともあるようで、すでに志向が自ずと定まっていたのを感じる。

こしのゆみこ句集『コイツァンの猫』 ふらんす堂  2009/4/1刊

2009年4月19日 日曜日

序文・金子兜太

      一階に母二階時々緑雨かな

開いたところから好きになった。

     時々は立ち泳ぎして家族待つ
     金魚より小さい私のいる日記
     帰省して母の草履でゆく海辺
     木の実降る森を歩いて美容院
     僧ひとり霞の中へ掃きにゆく

「木の実降る」「僧ひとり」にしても、シュールな世界の入口にある句。そのあやふさが魅力を発揮している句集。

ときどき整理

2009年4月16日 木曜日

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片付けが下手というのか、物が多すぎるというのか、いや部屋が小さいというべきかも。あるいは、収納場所が小さいとも言える。とにかく、いつの間にか衣類が溢れきっている。季節に出したものが一度も手を通さないでまた収納するというのも、能率の悪い生活。

片付けていたら、昨日はいくら探しても見付らなかったランジエリーが出てきた。そこだって探したのにどうして見付らなかったのか。不思議なくらい,あるべき場所に収まっていた。それが見付らないために、昨日の集りには別の洋服を着て行ったのに。

捨てるものを摘めたビニール袋を出しに行って、庭に一本だけある牡丹が咲いたのを発見。牡丹は連休ごろが平均的な見ごろなので少し早めかなー、と思いながら、連れ合いに去年の開花時期を聞いてみると「同じだ」という。その同じだというニュアンスは「咲き頃に咲いている」という大雑把な見方だ。秋に咲いたわけではない、というくらい大まかなのだ。

これが拘るものとそうでないものの差である。今年は手帳を五年手帳にした。同じページを五回開くことになるので、花の開花時、鶯の聴きはじめを記すことにした。先日吉野の行く前日に鶯を聴いた。吉野で会った友人は遅いというのだが、我家の近くの鶯はいつも夏近くなってから鳴くのである。

新聞にどこかの公園で御衣黄桜が咲いたという記事が出ていたが、買い物の通りすがりの家にその花が咲いていた。咲き始めはすべて浅葱色の花びらだったという。

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