2008/7/23 水曜日

ゆうやけ

yuuyake.jpg   

 今日の夕焼色は、なんとも優しい色合。消える寸前の空にあわててシャッターを押した。 
毎日新聞夕刊の文化欄で詩集を紹介しているのは、松浦寿輝。ひさしぶりにほっとするような文章だった。

—美しいことばを書きつけようとする人ー-本来、それこそ「詩人」だったはずではないか。刺激的なものばかりが持って囃されるこの埃っぽいご時世に、そんな古臭い「詩人」の、「詩」の定義を信じている人々など、どうや少数派になってしまったような気配ではある。—

そう、あまりに意味を思想を追うために、俳句もなんだか韻律も失いかけている。頭で考える俳論が増えたせいかもしれない。 わたしにも、物凄く持て囃されている俳句に、なんだか、危機感を感じるときがある。それでいいの?という思いがある。

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2008/7/20 日曜日

北京ダック

「北京ダックを食べる吟行会」 なるものを企画するのは、慈庵さんしかいない。集ったのは12人。12時に国立新美術館を覗いて、それから、北京ダックの店まで、乃木神社・昔の龍土町の石鼎の住んでいたところに寄るという遠回りをしながら、六本木の中国茶房へ。

 はじめてたべた北京ダックはもう20年以上前の中国である。北京飯店という店だったと思う。そこで食べた北京ダックという思いがあったので、東京、しかも有名な中国料理の店で出てきた北京ダックには失望してしまった。その時は、

隣に中国を同行した鈴木栄子さんが居て、ふたりで、「これは東京の北京ダックだわね」と言い合った。からからの皮が2,3枚出てくるだけで、あまりにあっけない。

いくら北京ダックが皮を食べる料理だったとしても、全く皮だけじゃ美味しくない。その後も気になって、何度か北京ダックを註文してみたが、「これじゃーない」という印象しかなかった。

連れていってくれた飯店は北京ダックを1羽、2羽と註文する。そこで今回は本物だ、と期待した。皿に丸焼きの鳥を載せてきたボーイはそれを我々の目で確認させてから、皮を切って皿に並べてきた。その店にいく道々にも、中国料理の店を幾つも通り過ぎた。どの店にも「北京ダック」を特別目立つように表示してあった。

案外、そこには、中国料理の店がかたまっているのかもしれない。とにかくやっと出会えた北京ダック! 美味しかった。

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2008/7/19 土曜日

奇跡のシンフオニー

ぶっらと立ち寄って観た映画だが、泣かせる映画だった。

施設で育った少年は顔も知らない両親がいつかは迎えに来てくれると信じながら暮らしている。少年は稀な音感の持ち主。自身も楽器を奏でると両親に届くような気がしている。

チエロ奏者のライラは、自分の生んだ子が実は生きいたことを父親に告白されたことから、子供探しが始まる。一方、少年の父親であるルイスは子供の存在は知らなかったが、一夜限りのライラへの想いに、人生をさ迷っていた。

三人それぞれの想いがストーリーを展開させていくのだが、最後は少年がセントラルパークの野外劇場で自分の作った曲「オーガストの狂詩曲」の指揮をする。図らずも、その前のステージで久し振りにライラが演奏していた。そうして、知らずにその野外コンサートに、ルイスが引き寄せられていく。

アメリカ映画の特徴は、最後はハーッピーエンドに終るところ。この映画もまさにそうなのだが、イメージぴったりの役者が揃うところも、楽しめる。一人の人へ届けようとするひたすらな想いに繰り広げられるストーリーはお伽噺的なのだが、納得してしまう映画。

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2008/7/18 金曜日

記念号「澤」・句集「一陽来復」

『澤』七月号創刊八周年記念号   主宰・小澤 實

『澤』は毎年記念号の大冊(426ページ)を発行しているが、その都度テーマを持っている。前回は俳壇の若手特集だったが、今回は田中裕明特集。写真・書簡・に続き第一句集『山信』の複刻版。しかもこの句集は限定10部しか制作されなかったものだから、複刻版は貴重な資料となる。はじめてその句集が手書きの句集だったことも知った。

   新聞紙破れ鬼灯赤くなる
   我知らぬ人より母が柿もらひ
   日のあたる机に石榴割れてあり

それと小澤實選の裕明作品二百句。裕明俳句の鑑賞・評論で239ページを使う保存版である。結社誌というと内部に向けての発信が多い中、稀な見識を発揮した記念号。

         ~~☆~~~~☆~~~~☆~~~~☆~~

中戸川朝人 第四句集『一陽来復』

    風邪の衣をつまみ運びに末子たり
    去りし背のいつまでもある黄沙かな
    桃つつむ気泡しろがね瀬音殖ゆ
    ひれ酒やうしろ戸に服噛まれゐて
    花茨川底は地の傾きに
    手をまはす幹より木霊土用波
    虫売の縄張ることをはじめけり

文学の描写力を発揮した一集。

          ~~☆~~~~☆~~~~☆~~~~☆~~

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2008/7/16 水曜日

荻窪俳句教室

俳句教室の夜をやってくれないかと声を掛けられたのは、一年ほどまえ。「結社を持ってないから人が集らないわよー」と尻込みしたが、結局五人という最低の人数で出発した。それが、すこしずつ増えて、荻窪の駅続きのビルの中の読売文化センター内で受講者は12人。

半数以上が男性というのも、夜の教室の特徴である。「ににん」購読をしていてくれた人が、広告を見て入会した例もある。前月に集めておいた句稿を無記名で選句用紙に書きこんでおいたのが、当日の教材になる。

俳句は長年かかわったから巧くなるというものではないようだ。毎回とても新鮮でしかも純粋。先月の句会の中で良かった作品を、もういちど次の句会で、著名な人の作品と並べて、鑑賞してもらう。

 先月の教室の作品一句と歳時記からの作品。

       手のひらに重さのありぬ落し文   上河内岳夫(教室の作品)

       落し文夕日の中にひろげけり     原石鼎

       落し文ほどけば長き葉なりけり    原石鼎

       音たてて落ちしみどりや落し文    原石鼎

       落し文遠くて近きものに妻      原田青児

       中堂に道は下りや落し文       高浜虚子

今回の一句「手のひらに重さのありぬ落し文」が先月の秀逸に選んだ句。みんなで飲み屋でわいわいしているときに、この中では虚子のが一番下手だよね、という結果になった。なぜかというと、取り合わせの句は他の季語でも成り立つから、という結論になった。

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体重計

このところ、毎日体重計に乗るのは、ほんの少し、体重を減らしたいからである。或るときまで学生時代の45kをずーっとキープしていたのに、徐々に増えて50kにあと少し、というところまできた。

「そのくらいは普通じゃない」とも言われるが、身長150センチのわたしは、45kを越えるとやはりメタボのような体型になる。現在やっと46k台に落ちたので、これを戻してはいけないのだが、運動しないので、食べる分だけ正直に増えている。

夕べは荻窪俳句教室のあとに、いつものように飲み食いで終って、やっはり遅い時間の飲食は翌日の測りに現れる。減量のもう一つの目的は「ににん」にやく一人、どうしても体重を減らして貰いたい人がいるからである。足に肩にその肥満が影響しているからである。

だからいつも「私はAさんのために減量努力をしているのよ」と句会で宣言している。

「なんにもならない!!」   という声が他から上がるのだが、

「そんなことはない。念ずれば通じるという言葉を信じているから、いつまでも効果が現れなければ、私の体が消えちゃうからね」

とプレーシャーを掛けておく。

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2008/7/11 金曜日

鑑賞

「嘘のやう影のやう」を読んだ友人の一言ですと、ににんの仲間が鑑賞を転送してくれた。

          ~~☆~~~~☆~~~~☆~~~~☆~~

今日、知人の庭の薔薇を見ました。「薔薇園を去れと音楽鳴りわたる」の句が不意に頭に浮かびました。素晴らしいバラを見飽きることなく、まだ永遠にこの園に居たいのに、不意に閉園の音楽(ナンの曲か?)が鳴り響く。人生もこのように終わるのと言っているようにも思えました。

        ~~☆~~~~☆~~~~☆~~~~☆~~

 この、「人生もこのように終わるのと言っているようにも思えました。」という最後にドキンとさせられた。この句は、神代寺植物園での句。みんなで、ベンチで句会をしたときに、閉園を知らせる音楽を聴いた。出句時間ぎりぎりで出来た一句。出してから、誰かが「すごいわね。これ本当に今作ったばかりの句ね」といった。俳句はほんとうに、どんなときに出来るのかわからない。

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2008/7/8 火曜日

『水明』 主宰・星野光二  「句集喝采」筆者・田村みどり

◆岩淵喜代子『嘘のやう影のやう』   東京匹季出版

 著者略歴 1936年東京生。▽1976年「鹿火屋」入会。1979年「詔]創刊に参加。2001年句集「蛍袋に灯をともす」により第一回俳句四季犬賞受賞。現在「ににん」代表。俳人協会、日本ベンクラブ、日本文芸家協会会員。句集四冊。
 
 齋藤慎爾氏の著者への頌は「陸沈の佳人」。陸沈とは俗世を超越したすぐれた人が、世間と俗人と同じ生活をしていることをいう。
 氏は「孤独な世界、さしあたって俳人達に背をむけた世界を歩こうと決意した俳人が、やむなく俳壇のパーティに出ざるを得ないような時、著者は俳人たちが華やかに回遊する喧騒の只中で、悠揚迫らぬ態度で、遠目にも涼やかに沈んでいるのだ」という。
 私は数年前、たまたま著者の「逢ひたくて蛍袋に灯をともす」という句に出逢いショックだったけれど、今にして思えばだった。

  草餅をたべるひそけさ生まれけり
  白魚を遥かな白馬群るるごと
  一艘も出る船のなし雛あられ

 句集を幡くとすぐに独特の著者の世界が、尽きることなく湧く泉のように広がって来る。

  暗がりは十二単のむらさきか
  暗黒の芯を力に野焼きの火
  春眠のどこかに牙を置いてきし

 これはもう天性の感覚としか言いようがないと嘆声と共に読み進める。
  
  嘘のやう彭のやうなる黒揚羽
  三角は涼しき鶴のの折りはじめ
  雑炊を荒野のごとく眺めけり
  老いて今冬青空の真下なり

         ~~☆~~~~☆~~~~☆~~~~☆~~

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2008/7/6 日曜日

ににんの表紙絵

 にん」創刊号の表紙は絵、当時美大生の若山卓さんのもの。いまも「ににん」ホームページのトップページに使わせて貰っている。

http://www.sukiwa.net/artworks/news/2006/wakayama.html

もちろんあれから八年近くも経っているので、彼も、武蔵野美術を経て、生家の高崎を拠点に、創作活動を行なっている。そんな活動の一つに、 人形作家・川本喜八郎氏制作の映画「死者の書」背景画制作に携わったこともあたっらしい。知っていれば、もっと意識して映画を観たのだったが。

その若山卓さんから久し振りの個展のご案内を頂いた。高崎市内の高島屋で、七月九日から十五日まで開催する。近くの方は、是非お立ち寄りください。

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2008/7/5 土曜日

眼鏡

かなりなドライアイだということで目薬を貰ってきていたが、それもなくなったし、眼鏡を作る予定もあったので、今日また医者へ出かけた。ドライアイのほうは改善されたらしい。「とてもよくなっていますよ」と女医さんがいうので、眼鏡を作るための視力検査をして貰った。

もともと、近眼も老眼もほどほどのところなのか、眼鏡はなくても用は足りている。しかし、長時間本を読むことはできないので、やはり眼鏡は必要かな、とおもったのである。わたしの目は左右の視力が違うし、両方がかなりな乱視。それはよく分かっていた。なにせ、視力検査のリングがだぶってシャネルのマーク見えたりするし、空の月も一つではない。

今回、時間をかけて調べてもらって、新たに自覚したことは、右の目は遠くを見るためにあり、左は近くを見るために使われていたようである。だから、眼鏡がなくてもそこそこ不自由は感じなかったのである。なんと健気にも、自分自身で遠近両用の役目をこなしていたのである。

私が遠くを見たり近くを見たりするたびに、左右の目がお互いに、「今度は貴方の出番でしょ」と声を掛け合っていたのかもしれない。要するに、両目でみているつもりが、片方づつ使い分けていたのだ。左右の視力を揃えれば眩しさも消える筈だという。そこまでは気が付かなかった。とりあえずは、近眼用のサングラスをつくることにした。夏対策のために。

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2008/7/4 金曜日

誤植

「ににん」を発送してやれやれと、一息ついたのだが、直ぐに誤植を見つけてしまった。それも、タイトルである。正確にいうならタイトルにしている石鼎の俳句の最後に余分な平仮名が付いていた。

何度も見ているのに、気が付かないのは、多分校正の死角というものがありそうだ。タイトルなんていうのは意外に見過ごしてしまうのかもしれない。それが開いてすぐに見つけるというのも、ショックなことである。十七音なのだから、一度でも読んだら見過ごすことはないと思う。それも特別大きな文字で目立つのだ。

うーん、なんとかしなければいけない。メンバーの中には、校正に携っていた人だっているのである。これは、もっともっと何部も刷って、各自がもう一度家で落着いてみるべきかもしれない。次回秋号の締め切りは8月25日。

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