どこか斜に構えているような、あるいは今は誰も詠まないような本を抽出しているというのか、あるいはその両法かもしれないような題名。編者島本達夫・1936年生まれ。東京大学中退。東京医家歯科大学・同大学院卒業。1992年より2009年まで山歩きをテーマにした機関誌「山の本」の編集にあたった。編著書に「関東周辺の山」白山書房がある。
副題としてー大正・昭和日本文学瞥見ーとあるように懐かしい小説ばかりが登場する。このあたりに「誰も読まない・・」という言い方が生まれたかもしれない。それともう一点は、小説の切り込み方にも、副題は生きている。坂口安吾の「桜の森の満開の下」ー元大日本帝国小国民的読み方ーとする副題から、この小説の生まれた1947年頃は桜は軍国主義の象徴だったとする切り口に繋がる。山賊は地方出身の知識人、美女は現人神たる天皇、足の悪い女は庶民の象徴とした見解をとる。
納められているのは、
中島敦 「山月記」
坂口安吾 「桜の森の満開の下」
折口信夫 「死者の書」
葉山嘉樹 「淫売婦」「セメント樽の中の手紙」
黒島傳冶 「クラーク氏の機械」
結城信一 「空の細道」
高橋たか子 「ロンリー・ウーマン」
葛西善蔵 「哀しき父」
石川淳 「山桜」
河野多惠子 「幼児狩り」
これらは正津勉の主催する小説を読む会で取り上げられたもの。それもほんの一部である。テーマになる作品は正津さん自身が決める時と、ゼミの誰彼が提案したりして毎月二回行ってからもう10年になる。淡々と続くのも、本の好きな人ばかりが集まっているからであろう。なかでも。この編者である島本氏の事前に集めてくる資料が豊富だ。
「死者の書」などは、好き嫌いが極端に拮抗していたが、この本によって一書を読みとおすことになるだろう。その率直に言える雰囲気も会が続く要因である。