船団ホームページ 「今日の一句 」 2008年3月16日
木の芽風埴輪の肌に刷毛の跡 (季語/木の芽風) 岩淵喜代子
木の芽は冬でも夏でもあるが、名も知らない木の芽はやはり春。風をうけてその微かな香りを運んでいる。風がいにしえの埴輪にふと触れると、まるで、その木の芽風がつけたかのような、微かな刷毛の跡。その目の付け所が素敵。埴輪の手とか口の穴、とかではなくなぜ付いているのか、目的のない飾りの刷毛の跡。それゆえにその刷毛の跡から古代の人の手のぬくもりに、ずーんと想像は飛躍した瞬間、現代の木の芽風と古代人が邂逅する。
今日の句は『嘘のやう影のやう』(平成20年2月 東京四季出版)から引いた。「みな模倣模倣と田螺鳴きにけり」「ゆく春のふと新宿の曇空」「桜咲くところは風の吹くところ」など静かで涼しげな哀しみを感じさせる句が多い。齋藤慎爾が孔子の言葉「陸沈」を引用して喜代子を賞する栞に心揺さぶられる。(塩見恵介
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毎日新聞 2008年3月2日
◆私の3冊
◇短歌
寺山修司未発表歌集『月蝕書簡』(岩波書店)
『木俣修研究』創刊号(木俣修研究会)
中西進著『美しい日本語の風景』(淡交社)
戦後の青春短歌の旗手寺山の未発表短歌をマネジャーだった音楽家田中未知さんがまとめた。寺山の40代の短歌に注目。『木俣修研究』は22ページの小冊子ながら、人間性あふれた歌人を再評価。古典研究の中西氏が「かぎろひ」など古来の美しい言葉の風景を描く。井上博道氏の写真も。
◇俳句
『俳句研究』春の号(角川SSコミュニケーションズ)
岩淵喜代子句集『嘘のやう影のやう』(東京四季出版)
小川涛美子句集『来し方』(角川書店)
昨年9月号で休刊の『俳句研究』が季刊で再刊。ただし書店に置かない直販方式。大石悦子氏の力作評論も継続された。俳句を読む読者の増大を図る。岩淵句集は冷静に鎮められた目。中村汀女創刊『風花』主宰の小川句集は、緩やかな季節のめぐりの味わい。
◇詩
朝倉勇詩集『散骨の場所』(書肆山田)
高橋順子著『花の巡礼』(小学館)
楊牧著『奇莱(きらい)前書』(思潮社)
叙情の名手朝倉氏の加齢の味わいと等身大の言葉のよろしさ。栞(しおり)は清水哲男氏。『雨の名前』『風の名前』などの著書のある高橋氏が、北原白秋、荻原朔太郎らの花の詩を紹介しエッセーを添えた。台湾詩人の楊牧氏が、少年時代を思い起こして記した回想。複雑な歴史を抱え込む母国でいかに悲しみと詩が生まれたか。切実な一巻。上田哲二訳。