跋 島田牙城
くらげ泳ぐ海底に開く新聞紙 昭和篇
かすみ草勝手にゆれて戦災忌
胡桃拾ふ冬日が波のポケットに鳴る
もじずり草部屋に牧場がないと云ふ
空に指ふれて花びらふとわたし
ぼうたんのあたり金色夕仕度
乾くものから翔つ村中の落葉
すれちがふ誰もゐぬ野のシャボン玉 平成
胆管に星のかけらの星まつり
雪に濡らして読む死後の新聞
白鳥の助走に我を反らす天
昭和55年に始まる句集で結社に入会して研鑽したこともないようだ。しかし、途中金子兜太の俳句教室に拠ったこともあるようで、すでに志向が自ずと定まっていたのを感じる。