‘受贈著書’ カテゴリーのアーカイブ

正津勉詩集『嬉遊曲』  アーツアンドクラフツ刊

2008年7月28日 月曜日

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 帯文    山の草木、鳥獣虫魚と戯れる

        草木を分け、岩土を這い登る
        視線は小さきもの、はたまた
              見晴かす稜線や雲の流れへーー
        山で出会った全てを慈しむ待望の詩集

『遊山』に続く六年目の詩集は、やはり山野の鳥や虫やらに焦点をあてた作品、というよりも、その鳥やら虫に語りかけている作品がならぶ。初期の鮮烈さとはちがう、正津勉の呼吸というよりも、吐息のようなものが、流れている。

あとがきで、著者自身が、~~ ー第一詩集「惨事」(1972年)の後書きに書いた「自嘲、ただそれだけがのこるものとしてのこったようだ」~~  とある。この含羞が、詩になっているような気がする。

いずれ、正津ゼミの仲間との作品論の場が展開されるるだろうから、そのときに、また書き加えようと思う。

記念号「澤」・句集「一陽来復」

2008年7月18日 金曜日

『澤』七月号創刊八周年記念号   主宰・小澤 實

『澤』は毎年記念号の大冊(426ページ)を発行しているが、その都度テーマを持っている。前回は俳壇の若手特集だったが、今回は田中裕明特集。写真・書簡・に続き第一句集『山信』の複刻版。しかもこの句集は限定10部しか制作されなかったものだから、複刻版は貴重な資料となる。はじめてその句集が手書きの句集だったことも知った。

   新聞紙破れ鬼灯赤くなる
   我知らぬ人より母が柿もらひ
   日のあたる机に石榴割れてあり

それと小澤實選の裕明作品二百句。裕明俳句の鑑賞・評論で239ページを使う保存版である。結社誌というと内部に向けての発信が多い中、稀な見識を発揮した記念号。

         ~~☆~~~~☆~~~~☆~~~~☆~~

中戸川朝人 第四句集『一陽来復』

    風邪の衣をつまみ運びに末子たり
    去りし背のいつまでもある黄沙かな
    桃つつむ気泡しろがね瀬音殖ゆ
    ひれ酒やうしろ戸に服噛まれゐて
    花茨川底は地の傾きに
    手をまはす幹より木霊土用波
    虫売の縄張ることをはじめけり

文学の描写力を発揮した一集。

          ~~☆~~~~☆~~~~☆~~~~☆~~

句集 三冊

2008年6月25日 水曜日

 句集『冬夕焼』 金子 敦    ふらんす堂刊

著者は1959年神奈川生まれ。この句集は第三句集。
最近、ご母堂を失ったようで、後書きには「今は亡き母に捧げます」ということばが添えられている。

色彩も鮮明、輪郭も明確な構図の明るさがことにいい。

   春雨の雑木林に銀の猫
   夏果つるパスタの中に小さき貝
   花吹雪連れて黒猫やつて来る
   寒林を抜け太陽と出逢ひけり

一句目の銀を主題にした映像化。二句目の静物化。三句目の色彩感。四句目の太陽のなんともみずみずし。すべてが、繊細な叙情で統一されている。他にも、作者の呼吸の聞える句がたくさんある。

   花吹雪浴びながら行く神経科
   秋の海なにか喋つてくれないか
   床の間の芒に風の届かざる

                   ~~☆~~☆ ~~☆~~☆~~☆ ~~☆~

句集『百年』  鍵和田袖子    角川書店

帯に「母が百歳で他界した。書名を決める時、不意に「百年」の語がうかんで来た‥‥」とあるが、ことに100年の句があるわけではない。鍵和田袖子といえば、新人賞のときの「未来図は直線多し早稲の花」という句の印象がいまも鮮烈である。
あれから第八句集に到るまでの道程を想像するような気持ちで読み進んだ。

   男ひとり消して真昼の桃畑       の彼の世、此の世の境。
   覗くたび舌うすうすと寒蜆        の人生観。
   晩年や花の高さに風さわぎ       の達観。
   広島忌すつくすつくと柱立つ       の象徴性的表現法。
   着ぶくれていよいよ獏となりゆくや   の放下。

自在になっているが、自在が淡さにつながる不安がある。

        ~~☆~~☆ ~~☆~~☆~~☆ ~~☆~
句集『荒神』    伊藤通明     角川書店

まれな大冊で一朝一夕では読めない句集。『荒神』という句集名が示すように、地霊への挨拶句の一集とも言える。
その方向は、春燈の抒情に男ごころをくわえたような手法。

    玄海を北に置きたる鏡餅
    荒海を神とし夏の来りけり
    瞠るべき目をもち蟹の生れけり
    念はねば思ひかなはず大花野
    日本海かすかに鳴れり蟲送り
    己が巣を掴みて立てる夏の鷹
    ゆがみたるところに力くわりんの実 

句集3冊

2008年6月9日 月曜日

山崎聡 第五句集『荒星』俳句四季刊  昭和六年生 『饗宴』代表

  あつまって肉食い春のすなあらし
  うつうつと春の木があり水があり
  さびしきは飲食のあと夏はじめ
  どこをどう行けば日暮るる雪の町
  とりたててすることもなく月の雨
  春のまんなかかさかさと紙袋
  秋分の大黒柱あるくらし
  豊の秋どしんどすんと山下りて

茫洋と四方に波状を広げてゆくような作品が魅力的である。

       ~~☆~~☆~~☆~~☆~~☆~~☆~~

棚山波郎  第四句集『宝達』 角川書店刊 昭和十四年生。「春耕」副主宰

  密掘の細き隧道水冷たし
  荒鋤の田に動かざる厚氷
  物陰の後ろに残る寒さかな
  母の焚く栗飯の栗いつも多目
  眠りゐて梟の首よくまはる
  水槽の真中使はず熱帯魚
  曼珠沙華ひとかたまりに遅速あり

日々を丁寧に絡めとる詠みかたが、好感となる。
       ~~☆~~☆~~☆~~☆~~☆~~☆~~
         
堤 亜由美  第一句集『リップクリーム』 俳句座☆シーズンズ叢書
1969年10月生まれ「ヘップバーン」で学んで、現在は、「俳句座☆シーズンズ」選者。

  春立ちて働きしものに猫の耳
  春の雪ふたりで使ふもの揃へ
  すれちがふひともみてゐるさくらかな
  どこまでも行ける気がして青き踏む
  0歳てふ春の光のごときもの
  歳一つ重ね色なき風の中
  今日泣いた分だけ眠り星月夜

俳句を始めて、結婚、子育てと13年間の収穫。こうした時期を一集にする機会をもつ俳人は少ない。それだけでも十分貴重な句集だが、作品も子育てに溺れない透明感がいい。

友岡子郷著 『天真のことば(わたしの実感的俳句論)』 本阿弥書店

2008年4月23日 水曜日

  跳箱の突き手一瞬冬が来る 
   
友岡子郷といえば上記の句を思い出す。事実、作者自身も気に入っているようである。この句の出来たときの実感は今も鮮明だという。そうして、ハイデッガーは「存在の明るみ」と表現しているが、それは「物の見えたる光り」と同義ではないかと言うのも、実作者の実感である。

作者を随分古い人だと思ったが、そうでもない。昭和九年生まれであるから、多分若いときから俳句に関っていたのだろう。この著書は、これまで各誌に発表したエッセイを一集にしたもの。長い年月にわたるもので、いづれも俳句という現場に足をつけたことば。俳句の方向、実作の方法などなど、副題のとおりの実感的俳句論であるから、説得力がある。

たとえば、俳句結社についての言及は、岡田日郎の俳句結社の連衆とは類想集団の代名詞であり、主宰者とはその類想集団のもつ一切の発想をしぼりとって存在する第一人者ーーそして、そこが物足りなくて外へ出たものも同じ類想集団をつくるというような箇所を引用しながら、結社は主宰者を先頭にして、俳句を追求する場を築くもの。そして、つらい修業の道の向うに、これが真実なのかと感じるものが見えたときに個性が生まれる、と述べていることばがすんなりうべなえる。

実際、初心者は脚光を浴びると、自分は周りのものを飛び越えた才能があると思いこんでしまう。それが、友岡氏のように、「つらい修業の道の向うに、これが真実なのかと感じるものが見えたときに個性が生まれる」よいう道を踏んだ俳人は、決してそんなことを思うことがない。どんなに賞賛されるときがあっても、明日も食べられるのだろうか、という飢餓感に似た思いで俳句を作り続けるのである。 なぜかといえば、昨日の作品を追っても仕方が無いからである。

山内尚 著 『やさしい魔法ホ・オポノポノ』  新日本文芸協会刊

2008年4月19日 土曜日

 昨日、丸ビル精養軒で姫路の山内尚さんから頂いた著書『やさしい魔法 ホ・オポノポノ』はちょっと変わった癒しの本である。もともと彼女は、小さな朗読会を関西、東京まで遠征して、行なってきている。

「ホ・オポノポノ」とはハワイの辞書では「幸福になる」「本来の姿になる」「繁栄」「といった、プラス思考の意味だそうである。ハワイのヒュー・レン博士というセラピストは、この「ホ・オポノポノ」の方法で行ったことも無い病院の人達を癒したという。

その方法は、相手に「ありがとう」「愛しています」「ごめんなさい」を繰り返すだけというシンプルなもの。それが、相手に届くことで、自分が癒されるのだという。すぐには、受け入れ難いものだが、それを直感的に受け入れたのが山内尚さんなのである。

「ありがとう」「愛しています」は彼女が天国にいる夫に繰り返している言葉だったからのようだ。ある意味で、彼女の生きる思想を確立した、というふうにも受け取れる。それがきっかけで、歩んできた軌道を書いているのが、「やさしい魔法ホ・オポノポノ」なのである。

講演しながら、朗読会をしながら、結構売れているらしい。簡単に言ってしまえば、「念じれば通じる」ということを真理と受け取れるか、そうでは無いかで、生きてゆく選択が始まっているのである

山田弘子著エッセイ集『草摘』     角川SSC刊

2008年4月16日 水曜日

山田弘子氏のお名前をはっきり意識したのは、ふらんす堂の現代俳句12人集の中の1人だったからである。私は句集「蛍袋に灯をともす」で同じシリーズに入集させて貰っていた。

次に山田氏に出会ったのは何のときだったか。坐った席の隣にいらっしゃった。何でそうなったのか、何んでその話をしたのだったか。私は孫を話題にしていた。山田氏が「賢いわねー」とおっしゃったのだけを鮮明に覚えていた。その言葉で美しくちょっと近寄り難いような印象だった山田氏を、身近かにしたひと時だった。

今回エッセイを繰っていくと、東京冒険旅行という項目があった。二人のお孫さんへの東京案内の誘いの手紙から始まって、少女の喜びそうな六本木や渋谷への行程が細かに書かれていた。急にいつかの「賢いわねー」という言葉が思い出され、さらに身近に感じられた。

『円虹』主宰のエッセイ集の内容は、出会った俳人、家族・雑誌発行・幼い頃の思い出などなど多岐にわたる。神戸新聞・円虹・ホトトギスなどに書いてきたものを一集にしたものだが、淡々とした構えのない叙述が、人柄を感じさせてくれた。

句集『花西行』  秋山巳之流

2008年4月9日 水曜日

秋山氏の遺句集である。ご本人がまとめたものではない。いろいろな人の協力で一集が出来上がったようである。
序・飯島耕一    帯・五木宏之  ・  大鷹不二雄

見渡して何もなかりし秋の水
はやばやとさくらの咲きし病後かな
十薬の咲く道に来てかなしめり
 ゆりの木の花足元に落ちてをり
木の葉髪生きる力のまだありし
骨壺に落着く春の嵐かな
こころより重きものあり花くるみ
ときどきはおきねばならぬ野分かな

3月14日の「しのぶ会」で頂いたのだが、一度目を通したままだったものを今日初めてじっくり読み返した。淡々とした詠みぶりがかえって切ないような、静かな句集である。母を詠んだ句が多くて、それが意外のような気がしたが、秋山氏の別の一面を見せられたようでもある。

3冊の著書

2008年4月8日 火曜日

黒田杏子著 『俳句の玉手箱』       飯塚書店

何回か上梓しているエッセイの延長で、黒田杏子ならでは交友関係から得た物語、逸話、そうして旅が、独特の世界を展開している。話題は手書きで行なう原稿・独特のモンペ姿・桜巡礼など、多岐にわたるが、この作家ならでは出会の感動を、読み手も一緒に共感してしまう。
     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

谷口麻耶著  『祖父からの授かりもの』     朝日新聞

著者の祖父であり、「法句経講義」で知られる宗教家友松圓諦の生涯を、書き記したもの。努力家で、ハイデルベルク大学やソルボンヌ大学にも学び生涯「法句経講義」に費やした宗教家。それを、孫娘としての視線で書いているので、身近な感覚で読進んでいける。
     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

鳥居眞理子著 句集『月の茗荷』     角川書店

 この作家の作品は、取り合わせの妙をふんだんに発揮しているが、それだけでは収まらない。そこに彼女独特の感覚で構成された虚空が出来上がるのである。
       
      海は波を育ててはるか梨の花
   からだごと僧衣の立ちて茄子の花
   白日傘昼の手足をつれてゆく
   母は父のところへゆきまま土筆

 これらの句の、なんとさりげない描写力であることか。海の波立ちを「海は波を育ててはるか」。僧の立上がり様を「からだごと僧衣の立ちて」、そして日傘の「昼の手足をつれてゆく」の工夫ともいえるが、この作家の感覚なのである。

   
   体温計ゼロにもどして鶴来たる
   鶴帰る日の針箱に針がない
   仏壇の中の階段鶴来たる
   生春巻の中のにぎはひ荷風の忌
   
この句集の最も好きなところは、取り合わせの妙。春巻きの切口からのぞく俗っぽい色彩を「にぎはひ」といいとめて、荷風と結びつけた感覚。
 

矢島康吉著「古本茶話」 文学の森刊

2008年3月7日 金曜日

矢島康吉さんの文章を読むときには心しなければならない。いままでは、同人誌の中の文章だからよかったけど、今回は「朴の花」「湖心」に書いた文章を一冊にしたもの。以前「僕の内田百閒」が届いたときには、封を開けて、その位置から動かないまま、一冊を読みきった。動かせないまま、というのは意識的なのではない。引き込まれてしまって、本から目を離せないと言うのが正確。

その引き込まれる感覚というのは、例えばピーナッツが食べ始めたらやめられないような、後を引くような感じでページを繰っていくのである。だから、とは思いながら届いた本の封を切ってしまった。矢島さんの本に引きこまれる理由のひとつに世代が同じ、育った土地が同じというのもある。彼の育った土地が中野で、中学が第6中だという。わたしは同じ区の第7中学校だった。だから、自伝風な文書の中には、きりもなく、懐かしい場所が現れる。

今回の『古本茶話』はその題名のとおり、古書渉猟。趣味といってもその蘊蓄は矢島さんのロシア文学専攻も手伝って多岐にわたる。もう半端な蘊蓄ではない。それに加えて、競輪、競馬通いも加わるという広さ。

競輪談義の項目には、昭和37年頃まで女子の競輪もあったらしい記入がある。それが消えた理由にーー男が出来ると、男の世話に忙しく練習しなかったり、男の言いなりにゆっくり走ったりして駄目になったらしいーーと、なんだか、チエホフの「可愛い女」を思い出させるような歴史がさりげなく挿入されている。そうして、競輪、競馬通いをする作家たちにまでは話が及ぶ。それに関する本が見開きのページに10冊くらい登場する。矢島さんの睥睨の仕方が半端でないことも、読むものを圧倒するのである。

東京駅八重洲地下街の「八重洲古書館」で買った「つげ義春日記」(1983年)の拾い読みが書いてあったが、なんとーー6月16日「ポエム」の正津勉来訪。連載で旅をしてくれとのこと、気がすすまないが結局承諾する。8月18日、題は桃源行としゃれている。しかし正津さんの文章が芸術的すぎるので、私の旅ととけ合わない。ーーという件うを挿入してあった。来週、正津さんに会ったら見せなくては。

「古本茶話」は矢島さんというよりも、全身で趣味に生きるということを実践している人間の理想郷が本になったものと言っていい。こんど「俳句界」で無期限の連載をするらしい。矢島さんは編集長の清水哲男さんとも同世代。しかも、この内容は清水さんの垂涎の内容。世の中の片隅にこんな凄いひとがいるんだなーと実感させる一書である。

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