‘受贈著書’ カテゴリーのアーカイブ

藤沢紗智子著 『北澤瑞史の豊穣世界 ーー 秀句鑑賞』

2010年4月27日 火曜日

 これは「季」主宰藤沢紗智子の北澤瑞史俳句の鑑賞文である。あとがきによると、十一年間の集成だというから、北澤氏の作品のほとんどを鑑賞し尽くしたのではないだろうか。A5版の380頁近い大冊である。惜しいのは、年度を追って編集してある俳句の順序のままの索引であることだ。せめて、五十音順、あるいは季語別にして欲しかった。

「季」の創刊主宰だった北澤瑞史氏の前身は「鹿火屋」である。北澤氏は藤沢の国語教師であったが石鼎の「蔓踏んで一山の露動きけり」の句に惹かれて、「鹿火屋」の門を叩いた人物である。「鹿火屋」でもすぐ編集長に起用されて、会員の人望も篤かった。

「季」を創刊して五年程で早世してしまったのは残念だった。しかし、それを継承した藤沢紗智子氏の仕事は偏に北澤氏を顕彰することに専念したような気がする。前主宰をこれほど手厚く継承する主宰はまれではないだろうか。

『芭蕉への旅』 監修・森村誠一  角川学芸出版

2010年4月26日 月曜日

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「奥の細道」は永遠にテーマの尽きない一書なのだと思う。この本は、前半は「おくのほそ道」全行程の名蕉地100選を100人の俳人の競詠。一ページごとに原文と解説と写真、それに現代の俳人が詠んだ一句が添えられている。吟行の前の参考にしてもいいのではないだろうか。後半に森村誠一の「奥の細道」全文現代訳ほか。

 NO5 春日部     振り向けば曽良の付きくる鳥曇      岩淵喜代子

磯辺勝著『巨人たちの俳句』ーー源内から荷風まで  平凡社新書

2010年4月25日 日曜日

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 小説家の永井荷風・社会主義者の堺利彦・民族学者の南方熊楠・僧侶の物外和尚・博物学者の平賀源内・歌舞伎役者の二世市川団十郎の俳句を読み解きながら生涯を語り、俳句を語っている。

 これらの人物に俳句などなくてもよかったのかもしれないが、俳句がなければ羽飾りのついた帽子から羽でも取り去ったように、遊びのない生涯になっただろうと筆者はいう。磯辺氏は談林派より蕉風が優れているとは思っていないという自論に照らしながらの俳句鑑賞である。
 
 この本の面白さは、一編ずつの内容の濃さだ。例えばあまり馴染みのない社会主義者の堺利彦の生涯を追いながら、そこに横糸のようにつぎつぎと立ち現れる人物に目を見張る。

靑木空知句集『白い名前の兎』 2010年刊

2010年4月25日 日曜日

おしゃれな句集、おしゃれな装丁、その上に、佐々木六戈さんの序文がまたおしゃれなのだ。それは六戈氏の率いる「草藏」の雰囲気なのではないかとおもった。何気ない風景を切り取りながら、その叙法の仕方が、詩情に置き換わっていくという感じである。

   通夜に焚く葡萄の枝の枯れたるを
   枯芝に忘れてゆきし絵筆かな
   遠足の朝引越してゆきにけり
   このところ筍を煮て蕗を煮て
   白鳥の頭の見えぬ背中かな
   十薬を挿して届かぬ壜の底
   月光のさつき誰かが居りし石
   冬ぬくし兎に白き名をつけて

鳥井保和第二句集『吃水』    2010年二月  角川書店刊

2010年3月24日 水曜日

  参道は波の飛沫の初詣
  橋の裏まで菜の花の水明り
  どの鳥のこゑとは知らず百千鳥
  吃水に昆布躍らせ船戻る
  厠より婆の一喝稲雀
  愚直にも誓子一筋曼珠沙華
  水底に腹をあづけて寒の鯉
  葉裏までひかりの透ける柿若葉

誓子門下生であることを知れば、その揺るがない風景の据え方に大きく頷いてしまう。
昭和27年生まれ。現在俳誌「星雲」創刊主宰。

中島鬼谷著・『乾坤有情』   2010年3月 深夜叢書刊

2010年3月14日 日曜日

 これまで各雑誌に発表してきた俳句随想、評論を一集にしたもの。中島氏の俳句観には説得力がある。それは孤高を保つ姿勢が言わせる論であるからである。それまで、総合誌や「雁坂」で読んでいたつもりだったが、一集にまとめられると、重層的に中島氏のことばが沁みてくる。

榎本好宏著『名句のふるさと』    2010年3月  飯塚書店刊

2010年3月14日 日曜日

 第49回俳人協会賞受賞直後の一冊。もう古典になりつつある作家の誰もが知っている名句を、その句の出来た場で鑑賞している。しかも挿入されている写真はカラー写真で楽しめる。
 一句を見開きの頁を使っての鑑賞で、季語の検証や解説から始まって、交友や実際に出会った作者の風貌や生涯にも触れている。

池田すみ子著 『自句自解』ベスト100  2010年3月 ふらんす堂刊

2010年3月14日 日曜日

 見開きの一頁は作品一句。その作品の自解が片方の頁に納められている。
大概の自註は作者の想い出にとどまるのだが、池田澄子氏の自註はその句を完成した時の俳句観が書きこまれている。それは、池田澄子ファンにとってはことに魅力的な一書になるだろう。

星野高士句集『顔』  2010年刊 角川21世紀俳句叢書

2010年3月5日 金曜日

『破魔矢』『谷戸』『無尽蔵』につぐ第4句集

  滴りの滴りてゐぬときもあり
  秋風や他人といへば他人なり
  残照を追うてきちきちばつたかな
  日のあたるものは当たりて著ぶくれて
  草餅や秩父嵐は外のこと
  海を見る人に加はり夕月夜
  追ひかけて行く気もなくて鰯雲

能役者の家を「能の家」ということばがある。この星野立子から椿へ受け渡され、さらに星野高士を生み出した家系はやはり「俳句の家」と呼んでいいだろう。

筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』 2010年 角川学芸出版

2010年3月5日 金曜日

筆者自身が、これまで評論として「定型詩学」の分野に切り込んできたが、この『女帝たちの万葉集』は著者自身にとっては、構造詩学だと述べている。
実際内容は、万葉集を読み解きながら、際立つ女帝たちや、歴史をひも解く大冊である。 書きかけ・・。

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