2008年4月 のアーカイブ

句集『花西行』  秋山巳之流

2008年4月9日 水曜日

秋山氏の遺句集である。ご本人がまとめたものではない。いろいろな人の協力で一集が出来上がったようである。
序・飯島耕一    帯・五木宏之  ・  大鷹不二雄

見渡して何もなかりし秋の水
はやばやとさくらの咲きし病後かな
十薬の咲く道に来てかなしめり
 ゆりの木の花足元に落ちてをり
木の葉髪生きる力のまだありし
骨壺に落着く春の嵐かな
こころより重きものあり花くるみ
ときどきはおきねばならぬ野分かな

3月14日の「しのぶ会」で頂いたのだが、一度目を通したままだったものを今日初めてじっくり読み返した。淡々とした詠みぶりがかえって切ないような、静かな句集である。母を詠んだ句が多くて、それが意外のような気がしたが、秋山氏の別の一面を見せられたようでもある。

3冊の著書

2008年4月8日 火曜日

黒田杏子著 『俳句の玉手箱』       飯塚書店

何回か上梓しているエッセイの延長で、黒田杏子ならでは交友関係から得た物語、逸話、そうして旅が、独特の世界を展開している。話題は手書きで行なう原稿・独特のモンペ姿・桜巡礼など、多岐にわたるが、この作家ならでは出会の感動を、読み手も一緒に共感してしまう。
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谷口麻耶著  『祖父からの授かりもの』     朝日新聞

著者の祖父であり、「法句経講義」で知られる宗教家友松圓諦の生涯を、書き記したもの。努力家で、ハイデルベルク大学やソルボンヌ大学にも学び生涯「法句経講義」に費やした宗教家。それを、孫娘としての視線で書いているので、身近な感覚で読進んでいける。
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鳥居眞理子著 句集『月の茗荷』     角川書店

 この作家の作品は、取り合わせの妙をふんだんに発揮しているが、それだけでは収まらない。そこに彼女独特の感覚で構成された虚空が出来上がるのである。
       
      海は波を育ててはるか梨の花
   からだごと僧衣の立ちて茄子の花
   白日傘昼の手足をつれてゆく
   母は父のところへゆきまま土筆

 これらの句の、なんとさりげない描写力であることか。海の波立ちを「海は波を育ててはるか」。僧の立上がり様を「からだごと僧衣の立ちて」、そして日傘の「昼の手足をつれてゆく」の工夫ともいえるが、この作家の感覚なのである。

   
   体温計ゼロにもどして鶴来たる
   鶴帰る日の針箱に針がない
   仏壇の中の階段鶴来たる
   生春巻の中のにぎはひ荷風の忌
   
この句集の最も好きなところは、取り合わせの妙。春巻きの切口からのぞく俗っぽい色彩を「にぎはひ」といいとめて、荷風と結びつけた感覚。
 

今日の収穫

2008年4月4日 金曜日

sakura3.jpg 
郵便局の手前にある黒目川の桜はもう盛んに散っている。
お花見のグループが河原にいたりしてのどかな日だった。
上をみるより地面の桜が素晴らしい。掌に乗せると、
何に喩えていいのかわからない柔らかな感触。

koinobori.jpg
その川沿いにある運送会社が今まさに鯉幟を上げる準備の最中。
その運送会社の社長さんなのだろうか。郵便局の用事も終った帰り道にも、
まだ作業は遅々と捗らない。
しかし、地上の鯉はもう風をはらんで、空にあがっているつもりのようだ。

tubaki.jpg
ぼたぼた、という言葉はこの八重の椿のためにある。

kogome1.jpg

家に入る前に、思い出して庭へ廻ってみた。コゴミがいくつか芽を出していた。
以前はもっと生えたのが、夏になると物凄い大きな葉、
それも汚れたような葉を八方に延ばして、
それだけで庭が占領されてしまうので、みんな抜いてしまった。
それでも、今年も毎日こんな程度のコゴミが摘めた。

ひとりとぼとぼと

2008年4月2日 水曜日

「ににん」発送準備を、一昨日から食後にひとりとぼとぼとはじめた。2晩くらいかかれば終るという見通しで・・・・・・。重たいから、自分の部屋では出来ないので、鋏がいるの、テープが足りないのとか、中に手紙を入れなくてはと、便箋を取りに行ったりで、何回階段を登るやら。

毎回のことなのに、いつもいつも、テープが足りなくなったり封筒がなくなったりで、一度には終らない。手伝いますよ、と言ってくれる仲間も居るのだが、空いた時間で、少しずつ袋に入れれば、いつかは片付く。ひとりで、いちいち宛名を確認していれば、用事を思い出して書き込んだり、原稿依頼を入れたり出来る。そのほうが、時間が気ままに使えて気楽なのである。

それにこのごろ、透明な封筒を使っているので、糊付けの手間がいらない。能率効果も倍くらいになった。それに、封筒が今までの半分以下の価格であることと、いつでも必要なだけ買うことが出来るおまけも付き、たくさんの註文をしておく必要も無い。

透明な袋をいち早く使い始めたのは、麻里伊さんの「や」である。最近創刊された中西夕紀さんの「都市」も初めから透明な封筒である。そのうちはやるのではないだろうか。貰うほうでも、あの空になった封筒を無下に捨てるのも、と思いながらやはり捨てている、ことから解放される。

「ににん」をお願いしている律儀な印刷屋さんは、あまり納期が乱れないのが助かる。昼頃に宅急便屋さんに手渡してホッとした気分で黒目川の桜を見に出かけた。満開であとは散るばかり、というような風情だった。

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