庄内砂丘

夕べはホテルに帰ってすぐに寝てしまったので、睡眠は十分だった。今日はやはり墓参を兼ねて地元酒田に戻ってくるSさんに、案内して頂くことになっている。前日に會津駒ケ岳から降りてきて、今朝の飛行機で来るなんて大丈夫かなーと案じたが、それは杞憂だった。

「ににん」の仲間と七月に来たときに訪ね損なったのが、『砂の女』の舞台である庄内砂丘と土門拳美術館だった。とりあえず、庄内砂丘から海へ出てみた。その広さは左右にはるばると広がっている海岸線で感じた。

それから、ガソリンスタンドで教えて貰った浜中の民具資料館の前で車を止めた。中にはどこにもあるような農機具やら民具が展示されていて、隣の和室には写真がたくさん掲げてあった。その和室はご老人達の憩いの場でもあるようで、七人ほどのお年寄りが輪になっていた。

『砂の女』の舞台になったような場面を見つけられなくて、お年寄に砂の被害について伺ってみたが、要領を得なかった。要領を得ないのは方言のせいもある。そのうち一人が館長さんを呼んできてあげると館を出ていった。遠いのかしら、と言ったら「なーに自転車で行くから」と答えた。

待っているうちに、座敷の展示物のなかに、「砂箱」と書いた背負い箱のようなものを見付けた。そこには積もった砂を運ぶための道具と書かれてあって、初めてそれらしいものがあることを知った。

現れた館長さんもそこに集っていたお年よりと同年齢の男性だった。写真も説明されるとよく分かってきた。食卓の真上に傘が拡げてあるのは、家に入ってくる砂を避けるためのもの。一夜で砂に埋まってしまった家を近隣が総出で掻き出す写真もあった。

館長さんは阿部公房の小説も読み映画も観ていた。映画は鳥取砂丘で撮ったようで、ちょっと不満気だった。写真の砂に埋れている家は今もあるから案内するというので、一緒に車に乗ってもらった。今は植林が進んで砂の被害は免れている。雨が降ってきた。天気予報で発表しなくても、私の旅には何故か一度は雨が降るのだ。

酒田に戻って土門拳美術館に入る頃は土砂降りになった。展示は土門拳を含めて六人の写真家の終戦直後の風景。私の好きな木村伊兵衛の写真もあった。遅い昼食をしたあと、早めに酒田の駅へ送ってもらう途中でメールが入った。荻窪読売文化センターのお仲間からだ。「Sさんと酒田ですか、私はhさんと角館です」というものだった。若い女性同士の旅もまたあとでいろいろと面白い話が聞けるのだろう。

それで、酒田駅を背景に写真を撮ってもらって返信した。帰りは新潟で一列車送らせて、お土産を買い漁った。そういえば、観光地酒田の駅にはお土産やも目立たなかった。 

コメント / トラックバック2件

  1. AKIKO より:

    お帰りなさい。先生がSさんに写真を撮ってもらっている会話を想像して、二人でメール読んでいました。そちらは雨だったのですね。角館は柔らかい雨が降ったり止んだりしましたが、レンタサイクルで気持ちよく回ることができました。句ができるとよいのですが^^

  2. 松島かと思ったら、角館まで足を伸ばしたんですね。そのうち酒田もどうぞ。芭蕉の最上川もすぐです。

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