日蝕

以前もこんなに日蝕って騒いだっけ、とおもうほど、騒がしかったが、今日は残念ながら雨だった。

でも、ににんの仲間のひとりは、晴を信じて南の島へ旅立った。無駄だなー、と思いながらテレビ中継を見ていたら、その時間になると、太陽は隠れていても景色は夜になった。この空気はやはりその現場でなければ実感できないだろう。「どうですか」とメールを入れたら「雨でした、でも楽しく旅を続けまーす」という返事がきた。

「日蝕」 といえば覚えているのは小学生の頃。蝋燭で焙ったガラスは真っ黒に煤けた。それで太陽を見上げることが出来たのだ。だが、太陽がどの程度翳ったのかは忘れてしまっている。

その次にも曖昧な事柄がある。仕事が終ってビルを出たときに、まるで夕ぐれのように暗かったのを覚えていた。当時、職場で日蝕なんて騒がなかったような気がする。それでも丸の内北口までの僅かな距離を「あー丁度日蝕だった」という感慨で打ち眺めた記憶があった。

しかし、ほんとうにあれが日蝕だったのか、今になると自信が持てなかった。今盛んに言われているのは、46年前のである。私の年齢とはあわないのである。記憶にある日蝕は確かに真昼間だった。勤めを終えて真昼間に出会うと言ったら、曜日は土曜日でなければならない。

それで過去の日蝕で20代初めという時期の日本で見えそうなものを調べて見た。1958年4月19日の日蝕は東京で最大80パーセントまで欠けた。しかも真昼間の11:30から0:020までといえばぴったり。しかも、この日は土曜日なのである。やっと、記憶を繋ぐことが出来た。

コメント / トラックバック2件

  1. AKIKO より:

    おはようございます。帰ってきました!

    岡崎発の旅行だったので、会社から新幹線で出発、
    バス15時間、高速船1.5時間で種子島へ。
    大雨のバス旅ながら、夜は満天の星空で、星のプロフェッショナルの解説付で
    地元の子供たちと一緒に星空観察会。
    焼酎呑んで、公民館で雑魚寝。
    日蝕はまったくこの通りで、残念会を鹿児島で開催。
    帰りは鹿児島からバス16時間、ムーンライト他電車で7時間。
    やっと帰宅、これから出社です。

    楽しかったです★

  2. AKIKOさん、すごい強行軍!!
          でも、満天の星空を見られたのは羨ましい。

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