現代俳句管見句集より 斎藤良子
世間に捨てられるのも、世間を捨てるのも易しい事だ。一番困難で積極的な生き方は、世間の真中に沈むこと・・ 私はパーティの席上で俳人たちの回遊する喧噪の只中で、悠揚迫らぬ態度で密かに〈陸沈》している岩淵さんを目撃した。 斎藤 慣爾
-句集 『嘘のやう影のやう』 岩淵喜代子ー
1936年東京生まれ。1976年「鹿火屋」入会1976年「貂」創刊に参加。2000年同人誌「ににん」創刊代表。2001年句集『蛍袋に灯をともす』により第一回俳句四季大賞受賞。現在「ににん」代表。句集一朝の椅子』他多数。「春陰」から「短日」まで八章參に分かれ249句が収められている。
齋藤愼爾氏が栞に、小林秀雄の還暦の感想文から[陸沈」という言葉を引用されて居られるが、残念ながら私にはこの言葉は辞書にも見あたらず、言わんとする意味がぼんやり判るようで判らない言葉であった。
草餅を食べるひそけさ生まれけり 春陰
振り返りみる紅梅は空の中
箒また柱に戻り山笑ふ
桜咲くところは風の吹くところ 花果て
水音に耳の慣れゆく山桜
花吹雪壺に入らぬ骨砕く
豪華船遅日の風に運ばるる
沈静した姿勢正しい句は鑑覚者の心にも実に心地よい。「陸沈」とはこのようなことを指しておられるのではないかと推察した。
薔薇園を去れと音楽嗚り渡る 黒揚羽
船べりに街の流れてゆく清和
陶枕や百年といふひとくくり 陶枕
月明の色をさがせばかたつむり
瞬間のうちかさなりて滝落ちる
青天や繰り返し来る終戦日 草市
何もなし萩のトンネル潜りても
秋風や明石に来れば須磨隠れ 鬼柚子
生きた日をたまに数へる落花生
霜月の空をはじめて渡る鳥 冬銀河
雑炊を荒野のごとく眺めけり
古書店の中へ枯野のつづくなり 短日
冬日濃し先に埴輪の暖まり
「黒揚羽」の章から「短日」の章までの六章から13句を掲出した。 全編を通して作者に乱れがない。どこまでもおのれの心に忠実に、浮沈もなく静かにものを見つめて居られる。