ポトスライムの舟

昨日、朝霞台駅に変な造形物が置いてある話を書いたが、もしかしたら透明な箱が先に発案されたのではないか、などという詰らないことを、風邪のなかなか抜けないベッドの上で・・。

そのうちベッドの端をのしのし歩く気配に「なによ、なによ」と思いながらもがいていて、やっと起き上がって見ると人の気配もない。なんだー夢かと思いながら、身を横にしているとまた同じ夢を見た。

2度目の夢ですっかり目が覚めてしまった。それでまた昨日のブログに行き着いた。多分、透明な箱は、いきなり駐輪場からスピードをつけて走り出る自転車がないように。そうして、スピードを落さないで駐輪場に下る自転車がないようにするための、ものではなかったかという思いに行き着いた。そうして、ただ空の箱では芸がないと、中に、銀色のオブジエを入れたのかもしれない。

そのうち、市役所の人に聞いてみよう。ついでに、なぜ緑樹や花壇では駄目なのかも聞きたい。いつも腹立たしく思うのは、駅前の欅の木が絶えず去勢されて情けない姿で立ち尽くしていることだ。きっと、鳥の塒になるのを避けているのだ。少しくらい糞で汚れたっていいではないか。夕方、少し喧しくてもいいではないか。

眠れないので、今回の芥川賞受賞作「ポトスライムの舟」を読み終えた。退屈しかける寸前のところで奇妙に先へ先へと誘う巧みさを持った小説だ。これはこの作品の直前に読んだ吉村昭の「月下美人」と似ていて対照的な筆致だ。なぜ似ているかといえば、どちらも、自分の今を活写しているところ。

対照的なのは、作者の書く位置である。吉村は書くために行動があって、初めから虚の位置に身を置いている。津村記久子のそれは実の生活の中から紡いでいることである。いずれにしても、津村の次の作品が楽しみである。

コメント / トラックバック2件

  1. acacia より:

    花壇や緑樹の事大いに同感です、
    孫の家の周囲に大銀杏も其れこそ情けない姿になってて、、
    自然のほうが下手な芸術家の作品より美しいのに、、
    去年行った青森県八戸駅に前にある大櫟は昔のままで本当にうれしかったものです。
    いつも有難うございます。

  2. acacia さんのほうは、桜はまだですね。こちらは咲き始めました。
    ぶろぐ、拝見しております。いいですね活動的で。

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