薔薇は薔薇であるように

40代から50代半ばまで、茶道と華道がわたしの生活の中心にあった。ことに華道はお弟子さんもいたので、かなりの時間を費やしていた。俳句はその隙間を縫って続けていたから、あまり、吟行などには行かなかった。

そうしたお弟子さんに俳句を勧めることなど、一度もなかったのは、俳句がかなりマイナーな分野で、そんなものに興味を持つ人など殆どいないと思っていたからである。

そのお弟子さんと或る日、俳句のパーテイで再開したときには吃驚した。俳句などに入り込むとも思っていなかったからである。それなら、もっとはやく誘ってあげたほうがよかったのかとも思った。彼女は今も遠嶺で同人として地道に続けている。

そういえば、文章仲間にも、出会ってから10年以上経ってから俳句をやろうかと思うのよ、と電話をしてきた人がいた。もしかしたら、彼女も誘えばあのときから始めたのだろうか。彼女は煥乎堂書店オーナーの夫人だったから、訪れる金子兜太さんや角川春樹さんに触発されたようだ。

でも今でも、やはり、自分から俳句をしませんかとは、声をかけたことがない。

華道は「龍生派」。池坊の分派だから、あんがい新しいのかもしれない。それもあってか、生徒へのしっかりとした教科書もあった。その提唱をみると、俳句に精神が似ているなと何度も実感した。

「ひと枝、ひと茎の植物が持っている個性を捉えて活かしていく」というのが根底にある。どういう事かといえば、薔薇は薔薇であることを特徴とする。造形されたものが、薔薇でなくてもいいような扱いなら、活けた意味はない、ということだ。

季語が動く、ということに似ている。

      一枝を山の上より山椿   石鼎   昭和25年

コメント / トラックバック6件

  1. りのりの より:

    わたしなんか、
    『詩なんて理解できない。ましてや俳句なんて』
    とずっと思っていた口でした(笑)。
    それが、今や俳句をする身になろうとは。大学時代に友達に誘われなかったら、いまだに俳句の『は』の字もなかったと思います。

    ところで、喜代子さんが華道や茶道をやっていらしたのは初耳でした。
    しかも華道でお弟子さんがつくくらいですから、喜代子さんの引き出しの広さには驚かされます☆

  2. なんだかいろいろ引き摺っていましたね。このごろは、いろいろは出来ない、という諦念のなかで暮らしています。

  3. AKIKO より:

    茶道と華道☆だから素敵な女性なのですね。
    素敵、というのは、オンナとして私が思い描く理想、でも現実の私にはない要素。

    「俳句しませんか」とは言われていませんが、やりたいな、と思いつつ取っ掛かりがつかめずにいたときに、「恋の句を作ればいいんですよ」って言っていただいた一言と、その後に場を与えていただいたのが、わたしにとってはきっかけです。

  4. AKIKOさん、そうでしたね。

    「秋風や模様のちがふ皿二つ 石鼎」も恋の句なんです。

  5. Touxia より:

    おはようございます。

    恋の句 に 釘付けになりました。
    さりげない日常の中で 目にしている景色が
    大きな世界に転じていく。
    俳句のもつ スケール観が 彷彿とする。

    模様が違う だけで 恋を歌うことができる 俳句のもつ象徴性。
    その皿に どんな料理が盛られるのだろうか?
    どんな生活をしているのだろうか?
    二つの皿が使われない時は さびしく食事をするんだろうな。
    そんな生活のシーンが 登りつめてくる。
    十七字のなかに 埋め込まれた 楽しみ。

    なぜか こういうのが 
    漱石のいう非人情な世界なのかもしれない。
    写生文家の詠む 俳句なのだろう。
    中国や西洋では ここまでの詩が うまれない。
    日本のもつ 文化の豊穣さよ。
    ひどく 驚く 句でした。ハイ。
    ありがとうございます。

    中国 雲南@土下信人

  6. 土下信人さん  漱石・犀星・龍之介は俳句も一流でしたね。
    俳句が文章に磨きを掛けたともいえるような気がします。

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