「ににん」33号編集中

95パーセントの編集完了。あとの5ペーセントは依頼原稿である。途中でページに組み込んでおくので、お願いしまーす、と声もかけておいたのだから、出来なければなんとか言ってくるだろう、と思っているのだが・・・。

まさに忙中閑ありで、町田の薬師池に出かけた。着いてみると、来たことがある場所だった。以前も冬だったかもしれない。第4句集の中の「運命のやうにかしぐや空の鷹」はここで作ったのである。おおかた吟行句を作り合った後の席題だった。

題は「運命」だったか、「かしぐ」だったか忘れてしまったが、どちらにしても気に入っている。しかし、この句は意外と誰も素通りしてしまう。やっと触れてくれたのが、朝日新聞時評欄での西村和子さん。

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ーー岩淵喜代子の第四句集『嘘のやう影のやう』(東京四季出版)は、比喩に冴えがある。「運命のやうにかしぐや空の鷹」「古書店の中へ枯野のつづくなり」実景と幻影の境界を明らかにしないおもしろさ。「「海牛をどこから運んできたのやら」「ブリキ屋に用はなけれど風知草」など、かろやかなおかしみがある。

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四句しか取り上げていない中に入っているのだから、自分の感覚を少しは信じてもいいな、という自信が生まれた。たしかに、こうした比喩というのは、感覚の誤差があって万人向きではない。同じ比喩でも「雫する水着絞れば小鳥ほど」のほうは具体的な物との比較があるせいか、万人に迎え入れられた。

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薬師池は、凄まじいまでの枯れ蓮として広がっていた。そのかわりに、池を囲む紅葉が鮮やかだった。

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