『嘘のやう影のやう』
岩淵喜代子句集を読む
梅 田 うらら
岩淵喜代子氏は俳誌『ににん』の代表で、この句集が第四句集です。第二句集『蛍袋に灯をともす』で第一回俳句四季賞受賞、恋の句愛の句『かたはらに』で第二回・文学の森優良貨を受賞されています。 この句集の先ず『嘘のやう影のやう』この表題にとても心惹かれました。
嘘のやう影のやうなる黒揚羽
やけつくような暑い真夏の日、黒い揚羽蝶がひらひらと舞っている。一瞬、影のようにもみえ、いや、誰かの魂だったのでは………。はっとして確かめようとすると、もう何処にもいない。非常に幻想的な、あれは夢か幻だったのかしら。
薔薇園を去れと音楽鳴りわたる
薔薇のあまい香りと美しさに時の過ぎるのもうっとりと忘れる。そこへ不意に閉園を知らせる音楽が響く。「去れと鳴りわたる」に作者の怒りが感じられ、はっと意表をつく面白さです。
針槐キリストいまも恍惚と
十字架の刑にされたイエス・キリストの絵画か像か、その恍惚の表情には、私も密かにそのように惑じていました。
針槐の辣と甘き香りが響き合い、素敵な一句です。
三角は涼しき鶴の折りはじめ
三角に、三角にと鋭角に折り進む折り紙の鶴。しなやかな指先、折っている人のほっそりとした涼しげな様子まで想像されます。室内か、公園のベンチか、静かな時間の中で。 頸や脚の長い鶴の姿形に、涼しいという季語の取り合わせ。鶴を折りはじめるのは、きちっと三角をまず折るのです。この感覚が素敵です。
星月夜転居通知を出しにけり
やっと落ちついて、転居通知を出しにポストまでいった。なんということもない景ですが、ふと見上げれば、満天の星空に気づきます。 この地球から、あの満天の星の一つに引越しをするような不思議な感覚をも感じさせます。
春眠のどこかに牙を置いてきし
春深し真昼はみんな裏通り
きれぎれの鎌倉街道蝌蚪生まる
魚は氷に上る芭蕉に曾良のゐて