「わがまま」の成果 筑紫磐井

 結社誌と同人誌の違いはその「わがまま」度にある。同人誌は、編集部や会員同人のおもわくなど気にしないで、自分が良いと思うものを徹底して追求してゆく。
 例えば、1970年代だからずいぶん昔のことになるが・「黄金海岸」という同人誌があり、わずか六人の小さな雑誌ながら、そこで正岡子規論を黙々と書き続けた評論家と、与話情話というシリーズ作品を書き続けた作家がいた。二人とはいまや子規研究や現代評論で知らぬ人もない坪内稔典と、十年前夭折したが今も多くの愛読者を持つ攝津幸彦である。個人の力が時代を変えてゆく実感を持てるのが同人誌のよさだ。
 そうした「わがまま」ぶりが最近特に目立つのが同人誌「ににん」(代表・岩淵喜代子)だ。同人誌だから同人がいるのだが、清水哲男、正津勉、田中庸介ら詩人をたくさん加入させ、発行人は勝手気ままに作品・評論に没頭している。
10月で創刊六周年を迎えたが、この号で長大な「石鼎評論 海岸篇一挙掲載」を嬉々として執筆しているのである。
 近年、大正期の蛇笏、石鼎、普羅などが高く評価されているが、まだその研究は十分とは言えない。特に彼らの青年時代は、考えてみるともう百年も昔のことになるのだから調べるのも並大抵ではないのだ。執念を持って、他人の迷惑も顧みず入れ込む研究者がいなければ成果はなかなか上がらない。結社ではできないそうした仕事を、敬意を持って見守りたいと思う。
 このほかにも「円錐」(代表・沢好摩)の今泉康弘らの渡辺白泉論、個人誌ながら「弦」(遠山陽子)の三橋敏雄論は立派な仕事だと思う。いずれまとまる彼らの仕事を一本として刊行してくれる出版社が出ないものか。マイナーないい仕事を支援してこそ初めて文化国家といえるだろう。

(平成17年11月26日東京新聞夕刊より転載)

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