冬隣

10月も今日で最後。11月を控えてやはり冬隣である。いつも立冬という区切りを曖昧に過ごしているのは、昨日と今日の境にそれほど大きな区切りがあるわけではないからである。今年の立冬は8日らしい。

立冬の印象で、一番濃く覚えているのは、その日に出羽三山のひとつ月山に登ったこと。橅の黄葉が山を登るたびに透けていって、紅葉とは全く違った趣で、美しかった。八合目までは車で行けるが、その先は歩くしかなく、頂上には初雪があった。

その日が立冬であることと、月山の印象は一枚になっていて、立冬という言葉とともにいつも思い出す。パソコンを打っている窓から見える木々が黄色くなって、末枯の様相となっている。この地に越してきて四十数年、ずーっとこの雑木の木々を眺めていられるのは、考えれば奇跡的である。

    月山の木の葉数えて寝んとす

月山の旅から数年経てから出来た句。月山は夏スキーが出来るような山であるから、八合目以後の山道は険しくはないのだが、その分道程が長い。いつまで歩いても頂上にたどり着かない。雪道で原裕先生の荒い呼吸が聞えた。その荒い息の合間に、芭蕉も月山に登ったのは僕と同じ歳だったよね。と、確かめるようにおっしゃった。

そう、あのときの先生は四十代半ばだった。今、俳人の四十代を見渡してみて、改めて先生が若かったことを認識するのだが、私も若かったから、その年齢差も手伝って、当時でも偉大な貫禄のある俳人という受け止め方をしていた。今、四十代半ばであの貫禄を出している俳人はいるのだろうか。

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