山之口 漠

このところ山之口 漠の詩ばかり読んでいる。正津ゼミの課題でもあるが、とにかく面白い。
正津さんは、この詩人の影響を随分受けているのだろうな、と読み始めてすぐに思った。文体も似ている。そういえば、「ににん」の俳句のテーマが「漠」だったときには、全ての句に山之口 漠の名を詠み込んでいたのではなかったろうか。

この詩人の特異性を語る人は多い。茨木のり子は「漠さんがゆく」という一書をなし、獏さんを知っていた人たちは、みんな声をそろえて、かれのことを「精神の貴族」だったといっているらしい、と書いている。
何しろ、一編の詩を書くのに四年もかけるので、詩集もあまり無い。第二次大戦の最中に詩を書かなかったのは金子光晴と山之口 漠ぐらいだったとも言われている。

きわめて平明な詩。なにか切ない詩。せつないのに、何だか笑えてくる詩なのである。その余裕が「精神の貴族」といわれる所以なのだ。とにかく体の中が熱くなるような詩である。一編だけ書き込んでおこう。

  妹へおくる手紙

なんといふ妹なんだろう

ーー兄さんはきつと成功なさると信じてゐますか。とか
ーー兄さんはいま東京のどこにゐるのでせう。とか

ひとづてによこしたその音信のなかに
妹の眼をかんじながら

僕もまた、五、六年振りに手紙を書こうとはするのです

この兄さんは
成功しようかどうしようか結婚でもしたい
と思うのです

そんなことは書けないのです

東京にゐて兄さんは犬のやうにものほしげな顔をしています

そんなことも書かないのです

兄さんは 住所不定なのです

とはますます書けないのです

如実的な一切を書けなくなって

とひつめられてゐるかのように身動きも出来なくなってしまひ
満身の力をこめてやっとのおもひで書いたのです

ミナゲンキカ

と、書いたのです。

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