抜き足さし足

我が家は、飼いたい人が猫の世話をするという取り決めをしてあったので、私はルリの餌係りは引き受けない。とは言っても昼間はルリと私だけになる。
 飼い始めた最初から、私はルリに敬遠されていた。近所の商店や新聞販売員の人なら、主婦の存在感を十分承知しているのだが、ルリは餌をもらえる人だけが大切なのである。きわめて分かりやすい性格なのだ。
 私はと言えば、「駄目」という言葉をいうのが役目のようになっていた。テーブルには乗らない。膝に乗せない。ゴミ箱を漁らない。駄目、駄目と言いわなければならないことがたくさんあった。その上に、餌もあたあげないのだから慕われるはずはないのである。
 何かの都合で、わたしの傍らを通らなければならないときには、私から遠い部屋の端を、身を低くしながら一歩一歩ゆっくり脚を運ぶのである。抜き足差し足とはそうした動作をいうのである。そうすることが、私に目立たないで通り過ぎることが出来ると思っているらしい。しかし、何気なく通れば、気にならないことも、そんな歩き方をしたらかえって目立ってしまうのである。

 抜き足差し足で何処へ行くのかとおもったら、畳に新聞を広げている連れ合いの膝の上だった
そこは、昔から娘の居場所だった。さすがは、以前のように頻繁には乗らなかったが、猫を飼うようになってからは、ルリに完全に占領されてしまった。
 猫に目をとめた娘が「ルリちゃん」と父親の膝からルリを掬い取った。
 しかし、ルリは迷惑そうで、手を離すとすぐに、元の居場所に戻ってしまって、娘をがっかりさせるのである。
 連れ合いが居る限り、坐っていれば膝の上、腹ばいになっていれば背中にと、ただただ、そこが無上の居場所のように丸くなって静まっていた。
 絵にすれば三人家族の父親の膝に猫が坐っているという平和な構図になった。

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