猫の恋

暦の上では、立春をすぎても春にはほど遠い。それなのに猫の恋ははじまっていた。家の外でウオーン、ウオーンと鳴くのは雄猫。こんなときには風呂場の窓ガラスも閉め切ってしまった。しかし、我が家の猫はその声におちつかない。
外の鳴き声も、この家の雌猫を知っているのか、家の周りを廻って唸声をあげていた。それも、一匹ではない。
ルリも、どこか開くのではないかと家中の戸を開けようと試みる。それだけではない。外の声にあわせて、何時もは出さない音声、まさにそれはうめき声と言ったら、一番ふさわしいかもしれない声をあげるのだ。
動物というのは飽きること、諦めることを知らない。こんなときは言い聞かせても効果は全くない。ただひたすら、その饗宴にこちらが我慢するしかない。

ルリの声に誰が一番辛抱強いかといえば、それは、意外にも私であった。ルリの真情に関心がないから、物理的に処理ができたのかもしれない。
小学生の娘はそのその真情に添うだけの認識をまだ持っていない。
連れ合いがたまりかねて窓をあけてやった。
子供とは違うから、別に心配はしなかった。猫に門限はない。
帰ってこないなどという杞憂も持たないでさっさと寝てしまった。

翌朝になってもルリは帰宅していなかった。でも野良猫だった遍歴があったから、それほど心配している訳ではない。
我が家にいた月日より、野良猫だった月日のほうが長いのだから、身の処し方に迷うこともないからである。
そのうち、2日経ち、3日経った。食卓を囲むたびに、「ルリは帰ってこないねー」という会話が一回は上ったが、だからといって探す当ても無い。
「どうしたんでしょうねー」
「他の猫を追いかけて迷子になってしまったのかなー」
「争って、怪我でもして動けなくなったのかしら」
みんなが勝手な憶測でルリを思いやったのは、ルリが、わずかな日々の中で、完全に家族の一員に居座ったことになる。

ルリが家出をしてから、夜の饗宴はなくなった。
一匹が騒いでいたわけではないのに、みんないなくなったなんて!
もしかして、ルリに複数の猫がラブコールをおくっていたのだろうか。

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