戦いすんで

何時帰ってきてもいいように、風呂場の窓は開けておいたから、ルリは当然のように入ってきた。
悪びれもしないで入ってきたとは言い難いみすぼらしい有様だった。
縞目も薄くなったかのように埃っぽく、頸の周りにスカーフを巻いているような真っ白な毛も鼠色になっていた。
恋狂いの果てのみすぼらしさなのか、単なる疲労なのか、見分けはつかない。
それより目についたのは、痩せ方である。数えてみたら一週間位は、帰ってこなかった。そんな事ってあるのだろうか。
「きたない色になったわねー」
なんて言ってみても、体を洗わせるようなことはさせない。それは、以前、クレゾールをかけられたときに、抵抗されて、経験済みだった。

牛乳を音をさせながら、飲み終えると、それは当然の順序のように体を舐めることに専念していた。そうやって何時の間にか綺麗になる。あたりまえなのだが、恋について語るようなこともない。
「全く、何処まで行ってきなのよ」
そういうと、こそこそと部屋を出ていった。
少し肌寒い日だった。何処に落ち着いたのかとおもったらピアノのうえに、寝転んでいた。高いところの方が、暖かくて,しかも安全なのである。

「ルリちゃんじゃないの」
帰宅の娘の第一声は、久し振りに出迎えてくれたルリへだった。
ルリは誰が帰ってきても、誰が訊ねてくれても、とにかく玄関に出迎える。
「なんだか痩せたねー。どこに行っていたのよ!ルリちゃんー。‥‥‥まったく心配していたんだからー」
こんなとき犬なら、尻尾をふったり、縋りついたりしながら、全身で表現するのだが、猫にはそんな表現力がない。感情が分かるのは美味しいものにかぶりつく時の勢い、そして怒っているときのうなり声だけである。
連れ合いが帰ってきてまたそのやつれ方にひと時ざわめいた。と言っても、こちらだけが勝手に賑わっているだけで、ルリは無表情な顔で餌係の連れ合いを見上げた。
そんなときだけ、「ニャーン」と声をあげるのだ。今夜はお刺身である。ルリの分も買ってある。

夕べの夕食のせいだ。久し振りのルリのご帰還に刺身をたっぷり上げたせいだ。
いつもなら差し出した皿に顔を落として食べはじめる餌を食べないのである。そればかりでなく、連れ合いの顔を見上げては、「ニヤーン」と鳴くのである。
「朝から刺身はないんだ。」
そう言い聞かせても、訴えるようなまなざしを向けてまた、一声上げるのである。
それは家族が食事を終わるまで、続いた。
「これを食べなかったら、夜まで何も食べられないぞ」
といいながら、連れ合いが、出勤のために玄関に下り立った。
ルリが食べ始めたのはその途端でである。
「なーんだ、食べるんじゃない」
そんな私の声には耳も貸さずに、一心不乱に食べていた。

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