子猫

子猫をどこかに隠してしまったルリは、それ気にかける素振りも見せなかった。そればかりか、風呂場からますます遠ざかって、いつもの居場所である二階に落ちついてしまった。ルリと同じ位置に坐ると、道の向い側の農家の欅が、腰高の窓からの視線を全部遮っていた。ルリの目線からは見えない高さだった。
 
連れ合いが、風呂場に入ったと思ったら、水を使っている音がした。
「どうしたの」
「子猫を食べちゃたんだ」
連れ合いは、小声でそういうと、風呂桶を洗っていた。
「なぜ分かるの」
「頭が一つあった」
私が便だと思った黒い塊は頭だったらしい。
「危険を感じると食べてしまうことがあるんだ」
連れ合いが帰ってきたので、食事にありつけると思っているルリも風呂場を覗き込んでいた。
ーーなにやっているの、はやく食事にしてくれよーーというかのように「ニャーン」と鳴いていた。みんな、お前のために一家中が大騒ぎになっているのに・・・。わたしは、なんだかどっと力が抜けた。そして同時に、なにやらひどい罪悪を犯したような重たい気分が押し寄せた。
頭は一つしかなかったようだから、もう一匹がどこかに居るのではないかとおもって、外に出てみた。
二階の窓から見えた欅が真っ黒になって覆いかぶさってきた。その隙間に夜空が明るかった。

危険を感じると食べるなんて・・・。調べてみると、そういう事はあるようだった。子猫がストレスの種になると、やはり食べてしまうらしい。
 動物、ことに猫の不気味さを感じる出来事だった。私は早く避妊手術をしなければ、と思った。
 やたらとあちらことらに隠すことに辟易して思いついた窮余の一策が、思いも寄らない展開になってしまった。その日から私は、ひとり密かに銭湯に通った。娘には、留守の間に子猫が居なくなってしまったことにしておいた。
 ルリはといえば、何も起らなかったかのように静かで、暇さえあれば眠っていた。

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