反応が無いばかりか、私が真剣になればなるほど、るりは部屋から出て行く算段をしていた。もうそろそろ退散してもいいかな、とばかりに、畳にお腹がつくほど身を低くして、前足の一歩を出来るだけ遠くへのばす。そして次の一歩も同じように遠くへ伸ばす。暗闇の泥棒のような身のこなし方だった。
「おまちなせえ」とばかりに、その片足を私は引き寄せた。
歌舞伎なら、「待てと御止めなさりしは・・・」と鈴ヶ森の場になる。
ルリはと見れば、 ーかなわないよー、とばかりに、手を離したら逃げようと身構えていた。
訪れた友人はいつも真っ先にルリへ声をかける。
「ルリちゃん、お利巧ね、迎えに出てくれるの」
「誰でも、人がくれば真っ先にとびだすの」
「なーによ、人が喜んでいるのに」
友人は動物好き。躊躇わずルリに頬ずりをするばかりに引き寄せて、撫でまわしたが、私の言葉に白けていて、部屋を入るなり土産に持ってきたケーキの箱を解きはじめた。
「ルリちゃんにも買ってきたからねー」
見ればルリは、頭を床につけるようにして獲物を狙う姿勢になっていた。
狙っていたのはケーキの包みを解いた紐である。その端がテーブルから垂れ下がりながら揺れていたのである。
「蛇と紐の区別はするでしょ」
「でも、何でも動くものに反応するから」私は、紐遊びはやめようと思った。