太陽と月と

(63)・・鬼子母神・・  
 友人が帰ってしまうまで家の中に閉じこめていたルリが、「ウオーン、ウオーン」と妙な鳴き方をしていた。この鳴き方は苦手である。 恨みのこもったような、地の底から湧き出しような声。春の盛りの時のあの気持ちの悪い声よりもっと不気味な声をあげた。
 わたしが中に入るのと入れ替えに外へ出たルリは、家の周りを探しているらしいのが、その声でわかった。動物というのは諦めることを知らないのか、声はいつまでたっても止まなかった。鬼子母神が子を探す図はかくやと思わせる凄まじいものだった。
 あまりに激しい泣き方なので、家の中に入れようと、外へ出てみれば、ルリはただただ家の周りを回っているのだ。何処にも探しようがないというふうに。 抱き上げてみると一時鳴き止むのだった。
 ーー仕方がないじゃないの。この家に置けるのルリちゃんだけなのよ。分かってくれなきゃ、こまるじゃないのーー
 腕の中にいるルリは、ひとりで置くときよりも、声は静かになった。しかし、気になることがある、という風に身をよじって落ち着かない。腕の中から出ようとしているのだ。それからが、また大変だった。  
 外なら隔たりがあるが、家の中では直にルリのうめき声を聞かなければならなかった。一部屋一部屋、そして窓という窓を確かめて、開けられる戸口を探していた。同じ部屋を何回も確かめ、同じ窓を何回も開けようと試みた。そのうち、鳴き声が収まったような気がして諦めたのかと思った。
 だが、なんだか鈍い響がする。
 なんと玄関の扉に小さな体を、頭から体当りしているのだ。そんな勢いでは扉はゆらぎもしないのに。そこが開けられる、ということ、しかも、外へ扉が開くことを知っているのだ。大方の窓は鍵が掛けていないかぎり前足で器用にあけるのだが、かって扉を開けたことはない。開けられるわけもないのである。その扉に体当たりしているのだ。私は慌てて扉を開けた。やはり凄まじい鬼子母神だった。

(65)・・太陽と月と・・
連れ合いが帰宅すると、いつの間にかルリは玄関に出迎えていた。それからは、何時ものように流し元に座って餌を待っていた。そこに居ればいつも、連れ合いが餌をくれるからである。これで忘れてくれるのかなーとほっとした。
食べ終わると、また呻くような鳴き声を上げ始めた。連れ合いは膝にのせでも、何時ものようにそこに収まってはいなかった。
それから、家中を巡り、それが飽きると外へ出ていいった。連れ合いも外での異様な鳴き声には少々辟易したらしくて、外から連れ戻してきた。
そんなるりも、朝になったらケロッと忘れているみたいだった。太陽と月が一周すると、なんでも物事が収まるのかもしれない。

(66)・・欅の中の空・・    
欅がだんだん色付いてきた。それだけで、欅の葉群れの中の空が多くなったような気がする。知らず知らずのうちに、葉を落としているのだろう。
 朝のルリは、連れ合いの足元から離れない。トイレに入れば戸口で待っている。朝の食事が貰えないうちに出勤してしまっては一大事なのである。
 そんなルリにこのごろ、連れ合いは私に言いたいことを託すのである。
 今朝も玄関に見送りに出たルリへ、
 「ヘアートニックを買っておくように言っておいてくれ」
と言っていた。そう、私は昨日その買い物を忘れてしまったのである。
 「全くしょうがないなー」
とぶつぶつ言いうのを黙って聞いていた。連れ合いは、壜の内側に残っているヘアートニックを指で撫でては掬い取って、とりあえず事足りる量を確保したらしい。買わなかったことは、厳然とした事実だから、認めないわけにはいかない。

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