69・・獅子舞・・
朝から笛の音が響いた。人声も車の止まる音も頻繁で、騒がしい。
今日は、神社のような農家の庭で獅子舞があるのだ。春と秋に農家の庭先から氷川神社まで
練り歩いて、夕方帰ってくる。その農家の家が、獅子頭を保存をしているのである。入り口には町の文化財であるために、『獅子舞保存」の碑が立っている。
獅子舞の保存会の世話人達やら、踊る人、笛の吹き手などがぞくぞくはせ参じているようだ。 江戸時代初期のころから家内安全、疫病除けを祈願なのだという。
一日掛かりなので、今日はきっと夕方までざわざわと、人声やら足音やらが響くのだろう。
ルリの避妊手術をしなければならない。
70)・・赤ん坊・・
獅子舞の一行が氷川神社から戻ってきたらしい。笛の音が聞えはじめた。農家の庭でまた舞うのである。表に出てみると、もう近所の主婦も群れていた。その輪の中心に赤ちゃんがいた。赤ちゃんは次から次へと手が差し伸べられて、抱かれていた。機嫌がいいらしくて、両手を振りながらニコニコしていた。その笑顔につられて私も抱かしてもらった。
「似合わないわー」
ところがである。私が抱いたとたんに、同じ隣組の主婦がそういったのである。
「そんなーなんで」
「だってなんだか似合わないわよ」
そう言われてあわてて赤ちゃんの母親に返してしまった。赤ん坊を似合う似合わないえ抱くものだろうか。帽子や眼鏡を試してみたのなら、そんな批評もあるだろうけれど、子供は似合うとか似合わないとかで抱いたり抱かなかったりするものではないのに。猫だったら、そういう言い方があってもいいけれど。
(71)・・子育て・・
夜になって、連れ合いに昼間の近所の奥さんに言われたことを告げると
「半分以上は俺が子育てしたようなものだよなー」
とその意見を容認するのだった。
私は、ルリの尻尾を踏みつけてやった。
「ニャーン」
とルリは一声あげて連れ合いの膝に逃げていった。
「産後の肥立ち」という言葉がある。娘の生れた当時、そんな言葉を意識したことはなかったが、今振り返ってみれば、その言葉が当てはまる状態だったのだ。産み落として体重が減るのは当たり前だが、わたしは、一年のあいだに、10キロ近くも減って、40キロを切ったのである。
近所の主婦が「腰が折れそうよ」といったのだから、激痩せの状態だったのかもしれない。何が原因か分からなかった。別に子育てに悩んだ覚えもなかった。
だが、体力の低下は、赤ん坊が夜泣きをしても、起きてはいられなかった。泣かしながら朦朧と眠りに誘われてしまう。ふと、気がつくと、連れ合いが娘を抱いていた、ということが幾夜もあった。
そんなに手潮にかければ可愛いにきまっている。
ーーこれからも、思い切り面倒をみさせてあげるわーー
と心の中で呟いた。
