シンデレラの継母

(67)・・仏の顔も三度まで・・   
朝の洗面所で連れ合いの大声がした。
 突然、前日の朝の光景を思い出した。ルリにまで整髪料を買っておくようにと託していたのに、連れ合いが出かけた途端に忘れてしまった。言われるまで全く思い出しもしなかった。
 今なら、コンビニがあちらこちらにあるのだが、当時は、そうした店など皆無だった。三度目の正直、仏の顔も三度まで、という言葉もあった。連れ合いは三度目に怒り出した。昨日までは、辛うじて指で壜の内側をなぞるように掬い取ることができたが、今日は全く無かったのだろう。
 「全く、愛していないからだ」
 と喚きだした。昨日までは、忘れてしまった事実を変えようがないのだから、黙って頭のうえを通り越してゆく文句を受けていたが、今日は私のほうが、居直ってしまった。
 「なによ!たかがヘアートニックを買い忘れたからて、愛していないなどと、大袈裟なことを言うのだった、もうヘアートニックを買う役は引き受けない!!」
 ルリは猫用の缶詰の魚フレークを文句も言わずに振らずに食べていた。
ーーなんだか雲行きが怪しいーーとばかりに。

(67)・・玉子焼き・・   
 われながら、なんと小気味のよい仕返しが出来たことかと、感心した。
 論理というものの威力と便利さも味わった。
 「人間関係は論理の強いものが勝である。」ということを、肝に命じておこう。
 だが、ずっと以前に、この論理をもって、わが娘に
 「おかあさんは、玉子焼きが下手」
 というレッテルを貼られた。
 「おかあさんのも、堅いところと焦げたところがなければ美味しいのよ」
 と五歳の娘は気を使いながら、納得させるための論理を掲げたのである。
 一回成り立った論理は覆せない。
 それ以来玉子焼き作りは連れ合いの分担になった。

(68)・・海苔巻き・・  
 もう一つ連れ合いの分担があった。
 それは娘の遠足のときのお弁当作りである。
 私の留守のときに、海苔巻きを作ってあげたらしい。
 私が作ったって感動しないのに、父親が作ると感動するのだ。
 それ以来、娘は遠足の度に
 「お父さん、何時もの海苔巻き作ってね」というのだった。
 それは高校生になっても続いていた。
 連れ合いはといえば、
 「明日は早起きをしなければならないなー」
 なんて言いながら、嬉しそうだった。
 私はそんな朝は不貞寝をしていた

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