『天為』2009年11月号  主宰・有馬朗人

次郎より太郎のさびし桐の花      岩淵喜代子
              (『俳句四季』八月号「螢」より)

 私の地域には、子どもが生まれると桐の木を植えるという習慣が最近まで残っていた。私が生まれた時にも祖母が何本か私のために植えてくれた。それが小学生の頃には見上げるほどに大きくなって独特の紫色の花を咲かせていた。
 我が家は、戦後の農地改革で農地の大半を失い、父が教師をしなければならない兼業農家であったからであろうか、嫁姑の諍いで母がよく里へ帰る事がよくあった。その時母はいつも弟を連れ、長男である私は祖母の元に残して帰っていた。残された私は、桐の木の下で恨みに潤んだ目で母と弟を眺めていた。二人の姿が見えなくなっても眺め続けていると、いつも祖母がそっと迎えに来てくれていた。そして、その夜は必ず祖母は夕飯に双子の卵をつけてくれていた。
 今も幼い男の子を連れた親子を見ると、私にはこの時のことが鮮やかに甦ってくる。悲しい長男の性である。しかし、そのときの桐の花にはいつも美しい紫の花が咲いている。桐の花は永遠に忘れられない祖母と私のさびしい花である。

コメント / トラックバック2件

  1. 紙魚 より:

    牧野桂一さんの鑑賞文ですね。上の子は下の子より少し割りの悪い思いをすることもあるのかな。私もこの句好きです。

  2. 紙魚さん
    お目に止めてくださってありがとうございます。
    それにしても、紙魚のネーミング、魅力的ですね。

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