人間もパソコンも

足の親指に魚の目が出来てから何年になるだろうか。確実に育っていくので、ときどき薬を買ってきて貼るのだが、完全に取れることはない。それなら医者に行けばいいのだが、「麻酔もしないで取る」と周りのものが言うので医者に見せたこともない。

ちょっと痛むときには包帯を巻いてやり過ごしていたが、二年ほど前、その魚の目が手にもできた。目で見つけたというよりは左手が右手の異物を発見したというのが正確だ。このときは、医者に行かなければならないと思ったがなかなか行く機会がないままに、魚の目は成長していった。

そんなある日テレビで野球選手が手の魚の目の話をしていた。医者に行くと切るので何日かは練習に差し障りが出るので、これはひとつ自分の念力で治そうと思った、というのである。「それで治ったのですか」とアナウンサーが聞いていた。治ったのだそうである。あの野球選手は誰だったのだろう。

念力が俄に身近になった。それから毎日ハンドクリームをつけるたびに念力を指に送った。念力というものの送り方を知っているわけではない。とにかくクリームをつけるたびに、指先に思いを込めていた。

それが、一ヶ月も経たないうちに治ったのである。まるで、魚の目が申しわけなさそうに、少しずつ後ずさりをするかのように小さくなっていくのである。「アレー」と自分自身が一番吃驚した。直径が5ミリくらいだった突起が日毎に後退して、ある日どこに魚の目があったのかさえ分からなくなっていた。ルルドの泉の話も絵空ごとではないようだ。

そのとき、足のことは念頭になかった。手の魚の目が消えてから、そうだ足にも念力を、と思ったのだが、足の場合は7,8年か、あるいはもっと以前からのものだから、そうやすやすとは念力は届かないみたいだった。駄目だなーと諦めかけていた。

ところがである。昨夜、思い出して親指を眺めてみた。親指の腹がつるつるで、何処にも突起のようなものが見当たらない。あれ、もしかしたら右だったかなと思い、反対の足を裏返してみるという滑稽譚を演じてしまい、ひとり密かに笑ってしまった。不思議だ、跡形もなく消えている。やはりルルドの泉は本当なのだ。跡形もない親指ではあるが、微かな鈍痛の名残は残っている。そのために消えてゆく過程に全く気がつかなかった。いやー、人間もパソコンもなんだかわけの分からない力が働くときがあるようだ。

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