十三夜

十五夜は見えないことが多いのだが、十三夜は見えない年のほうが少ないかもしれない。買い物帰りにもう中天にかかっている月に出会った。まだかなり欠けている。

太陽を愛でるのは日の出や日の入りだが、月はなぜか一年中、いろいろな場で愛でることが多い。いつだったか、月を観るために奥多摩の御山に登ったことがある。その日は霧が真夜中になっても晴れないで、結局月見は出来なかった。

翌日、下山のケーブルで一緒になったグループも月見のようだったので、何の会なのか訊ねたら、怪訝な顔で「月を観る会」だといった。俳句をしているものは、月は二義的なもので、俳句を作るために月見があるのだが・・。

なんだか腑に落ちなくて、見た後は文章にでもするのですかと追求してみた。どうも純粋に月を観るだけで集っているようだ。どんな月だったかを報告しあい、それも毎月、開催しているという。今日はことに、いろいろなところで月見をしているずで、「今、富士山に登っているメンバーもいますよ」と教えてくれた。

いろいろな会があるものである。「太陽を見る会」は想像できないが、「太陽の黒点を見る会」ならありそうだ。

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