『俳句界』10月号

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文学の森『俳句界』10月号、「現代俳界のねじれ現象を突く」が今回の大特集である。どういうわけか、こういう話題のときに私と筑紫磐井さんは呼ばれやすいみたい。以前、角川『俳句』で も似たような話題の鼎談があった。やっはり筑紫磐井さんと私だった。

今回は多彩な顔ぶれで、栗原真知子(ホトトギス)・坂口昌弘(短詩系評論家)・澤好摩(円錐代表)・谷雄介(thc代表)・筑紫磐井(豈代表)・星野高士(玉藻)という面々。予想したとおりの雄弁な人達。あっけにとられているうちに時間が過ぎた。これだけ用意すれば面白い話も出るだろうという目算だったかどうか。

結社の問題は難しい。一口に言って「結社とは何?」というところから始まらなければならない。それほど現在の結社のレベルには格差がある。格差があるわりには、その頂点に立っている主宰たちが一線に並んで俳句の世界は構成されている。定年から俳句をはじめて結社を継いだところもある。

    甚平や一誌もたねば仰がれず  草間時彦

ペーソスを持って共感度を呼んだ句であるが、現在もこんな現象が無縁ではない。この座談会の中では、そういう現象の中で、誰が 個人の才能を見つけ出すか、という話題だ出たとおもう。これは俳句の総合誌が見つけるしかないだろう。勿論そのために、50句応募やら評論募集があるわけだ。

しかし、それだけでは才能を見つけるということにならない。以前、河出書房新社刊『二十世紀名句手帖』八巻が刊行されたことがある。齋藤慎爾氏が実際に結社誌を一冊ずつ繰りながら探したというものだったが、それを信用する。というのは、雑詠欄の知人の作品がいくつも収録されていたからである。

その知人は、句集を作りたい意向を私に幾度も洩らしていた。しかし、作りたいと申し出るほど主宰と距離が近くないという。私なども、その人が句集を出したら良い句集になるのに、と楽しみにしているのだが。こうした人を主宰と繋げてくれるのは、かなり発言力を持つ出版社の編集者しかいないだろう。

営業ではなく、真に俳句の目利きが総合誌に一人づつくらいは必要である。

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