俳句が面白くない

★俳句をはじめて その2 
或る日主宰に当月の鹿火屋の雑詠巻頭句を差し出して、これがいい作品というなら、私は俳句は面白くないかも知れないと呟いた。ほんとに、巻頭も次巻頭もその次の作品も面白いと感じなかった。お茶も飲めないような緊張感で、句会に臨んでいた私の豹変ぶりとでも言おうか入会して3,4年目だった。

今思えば、随分大胆な発言なのかも知れなかったが、真実、そこに並んでる俳句が面白くなかった。丁度新人賞なども貰ったし、主宰にしたら、ますます俳句の世界に熱中するだろうと期待した時期だ。たしかに、そうした賞を弾みに、結社に一段と深入りしていくのが、大方の新人のコースなのである。

当時の原裕主宰にしても、戸惑ったに違いない。「全部が面白くなくても、いいんだよ。その中で一句でも、感銘する句があれば。」と主宰がおっしゃたが、実際には一句も面白い句がなかったのである。だが、さすがにわたしも、それ以上のことは言えなかった。

急にわけもない絶望感が私を襲った。何に、といったらそれは俳句に、俳句の世界に、俳句の師へも。とにかく突然、自分を制御することが出来ないような泥沼、寝ていれば、そのまま深い谷底に落ち込んでいくような恐ろしさで、何度も身を起した。その後の四十代は、精神不安症のような明け暮れで漂泊していた。

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