先日の検査の結果は、異常は発見されなかった。強いて言えばコレステロールが高めだったが、これは急に高くなったわけではなくずーっとそうなのだから、私自身は心配していなかった。医師はケーキなんてやたら食べては駄目だとか、運動もしなければなんっていうことを、何時もの無表情な無機質な声でいうのだった。
その声を喩えるなら、冬枯れの小枝の直線的イメージになる。血圧を測る看護士に片腕を預けながら、「食べなくても体重って減らないんですよねー」というと、また、さっきの同じトーンでそんなことはありません。食べなければ殖えませんよ、というのだった。確かにそれ以上の論理はない。
この医師の無表情な声を聞いていて、ふと「大菩薩峠」の中の机竜之助を思い出した。無表情に発する医師の言葉が、決して不快で冷淡ではない。むしろ、そのクールさは好きな部類にはいる。なのに、何故大菩薩峠の机竜乃助なのだろう。
実をいうと、つい最近、偶然古書店で文庫本になった「大菩薩峠」全巻が見つけたのである。いまさら中里介山でもないのだが、若い頃に四巻ほどで頓挫していたのである。それでも、頓挫していたから全巻の「大菩薩峠」を買ったのではない。気になる場面があったのである。
冷酷非道な人物として書かれているのだが、以前読んだ中で、極めて印象的に刻まれている場面があった。四巻ほど読んだ中のその一場面だけが妙に気になっていたのである。私の覚えている印象では、竜乃助へ何かの用事で訪れた女性に、竜乃助の発することばが、無表情で無機質でありながら、人間味を匂わせていたように思えたのである。普通の人なら、当たり前のことなのに、竜乃助だから目立ったのである。この医師の会話は、このときの竜乃助と重なったのである。
だが、読み直してみてどうだったかと言えば、その箇所が見当たらない。登場人物ではお浜かお豊しかいないのだが、例えばあだ討ちに負けてくれないかと懇願するお浜との会話の中でも、結構普通ではないかと思えて、結局分からずしまいで先へ読み進んだ。
驚いたのは、この物語に日本のいたるところが登場し、新撰組の近藤、土方、斎藤が登場して、石鼎が医師の手伝いをしていた深吉野の鷲家(わしか)が舞台になったりする。その上にグッピーなどという怪獣も出てきて、エンターテイメントの最高峰であるのだが、気になっていた箇所は探し出せず、未完の小説は謎ばかりだった。
取り掛かるのが恐ろしくて、読んだことがないです。
お話伺うと、なんか面白そうですー。
想像していた時代とぜんぜん違うんで驚きました。
そうです。この物語の主役を机竜乃助だと思うと面食らってしまいます。主役が何人もいて、女性はすべて善良で優しい人物に描かれています。