天川栃尾村 その3

雅子さんが所属している短歌結社「ヤママユ」の主宰前登志夫先生が三日目の電車に乗るまでを、一緒にお付き合いしてくださることになって、車三台に分乗した。

前先生とは以前、万葉の土地「井氷鹿の里」を案内して頂いたことがある。
以前も健脚だと思っていたが、九十歳の今日も足どりは軽い。そのあと波宝(はほう)神社へ。

ここは小高い山の上に鎮座する社で、途中の急な山道から見える真下の村々は朝もやが濃く、見えたり見えなかたりしていた。
波宝という文字を使っているのは、付近一帯が銅の鉱脈があったことに由来しているようである。延喜式神名帳にしるされた古社らしい。
参拝を先に済ませた前先生が、奉加帳に持参の筆ペンで記帳していたので、ノートを出して揮毫をお願いしたら、持っていた杖を預けて伸吟しはじめた。

私はいままでの作品のお好きな歌をさらさらっと書いて頂ければよかったのに、みんなを足止めする形になって身を小さくしていたが、やがて、見開きのページいっぱいに、歌が書かれていた。最後に樹下山人と記されていた。これは、「主宰誌やままゆ」の中でエッセイなどを連載しているときに使っている名である。

「夜中」という地域があった。「夜中地区案内図」などが山道の途中にあったが、そこに記されている名前は20軒とは無かった。
なぜ「夜中」なのかを運転手さんは「遠いから帰りは夜中になっちゃうんじゃーないの」といったが、思わず頷いてしまった。実際には、神功皇后が三韓から帰って、南紀に向かう途中、白昼であるのに、にわかに夜中のごとく暗くなった。そこで神に祈ったところ日が照りだしたという由来があるようだ。

たった二泊三日の旅なのだが、なんだか浦島太郎のように遥かな時間を使った気分に、みんな酔っていた。
近鉄下市駅で、前先生の娘さんが迎えにきていたが、先生はわたしたちの列車を見送るからと、ずーっと駅に立っていらっしゃた。  (完)

コメント / トラックバック3件

  1. 義風 より:

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    「浦島太郎のように遥かな時間を使った気分」をこっそりご相伴させていただきました。ありがとうございました。
    90歳になれたのですね、前先生。ご健脚ぶりが嬉しかったです。

  2. naoko より:

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    まあ、いい旅でしたねえ。
    前さんはお元気ですね。揮毫とはそのようにするものなのですか。
    教えあられました。
    前さんのエッセイはとても素敵ですよね。
    今度は皆さんも登場するのではないでしょうか。
    3回の旅シリーズ、面白く読みました。

  3. Ban'ya より:

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    こういう旅をされたのですね。吉野はこのところ出かけられず、十年以上前の桜を思い出しました。

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