黒猫のタンゴ

痩せてると思う気持ちが、ルリに贅沢を教えた。甘えるような訴えるような声に、連れ合いも娘もなかなか慣れなかったのである。
その甘い声に騙されては、自分の食べているものを、惜しげもなく与え続けた。
私には二人のように、動物に口移しで食べ物を与えることなど、小鳥にでも出来ない。
動物の回復力は、大袈裟に言えばスローモーションフィルムをみているようだった。呆れるほどに太ってきた。確かに太ったけれど、そのせいだけではなかった。ルリは一週間の放浪の果てに身籠っていたのだ。

「子育てが出来ない猫が、一人前に身籠らないで!」
子猫を連れてきた三ヶ月前のことが思い出したのだ。子共を咥えて迷い込んできたけれど、お乳を与えようとはしなかったのだ。と言ってみたところで、もうお腹には確実に命が育っているのである。
タイヘン!、一匹で持て余しているのに、子猫が家の中で遊びまわったら、わたしの居場所が無くなってしまう。
それよりなにより、一体猫は受胎からどのくらいの月日で生むのだろう。
ルリのお腹は日毎に大きくなって、床との隙間を縮めていった。

朝食の卓に向き合うと、連れ合いが
「寝言に、歌をうたっていたじゃーないか」
というのである。音痴の私が寝言で歌をうたうとどうなるのか。
「何を歌っていたの」
「そんなにはっきりしていた訳でもないけどメロデイは黒猫のタンゴみたいだったなー」
そのころ娘と同じくらいの少年がそんな歌を歌っていた。その軽快感で、当時、誰も一度は口ずさんでいたと思う。

タンゴ、タンゴ
黒猫のタンゴ
ぼくの恋人!

という歌詞だったような気がする。

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