辛夷

95)・・辛夷・・
辛夷は欅と並ぶような大木だった。ここに住むまで知らなかった花だ。
辛夷という文字にしても、突然つきつけられたら読めなかっただろう。
花が咲き始めるのは、沈丁花ガ咲いて、その匂いに馴れたころである。
ある日突然、晴天の中の白い光となって開花するのだった。
それからは、毎朝歯を磨くたびに辛夷の樹へ目をやった。一片の白い光は日毎に増えて、一樹に花を盛り上げていった。
その大木が満開の状態になるのには一週間か、それ以上の日にちがかかる。もうこれが最後かなと思うほど花を盛り上げてから、まだ咲いていない枝があったとばかりに、隅々の枝の開花を促すのだった。
東向きの我が家から見る辛夷は、太陽を背負って、油絵を思わせる重厚な色合いを見せた。その花の重なりは、飛び立つ寸前の蝶の大群のような生々しさを感じさせた。花期が特別長いのは、寒暖を繰り返す季節に戸惑いながら咲くせいかもしれない。

(96)・・辛夷・・
辛夷は散るのにも、日にちを費やす花なのである。
散りながら、芽吹いてゆくらしくて、白い花の少なくなった分、緑が一樹に纏うようになる。そのうち、大方の枝々に緑色が纏う頃には、ところどころに残った辛夷の花の白さが、余計に目だってくる。それも、次第に少なくって、一つぐらいしか残らなくなる。一つといっても、それは私のほうから見える位置の樹相だから、裏側の花の付き具合はわからない。窓から見える位置の花がひとつだけ残っているのが、妙に気になって、その頃になると、毎日一度は眺めていた。
(97)・・辛夷・・
辛夷の花に気をと取られているうちに、毎年、周りの木々も、煙のような緑を漂わせているのである。
それは、おもいおもいの衣装を纏って、今舞台に立ったかのような佇まいであった。
雑木林の一番美しい時期である。
その中で一際濃い緑色が、辛夷の木である。
その煙のような淡い緑色に見とれているうちに、最後の辛夷も消えていた。
そのときになって、その数日が、実に穏やかな日和であったことに思い至るのである。

(98)・・辛夷・・
2,3分でゆけるバス停まで二通りの行きかたがある。
その一つが、神社のような農家の私道を使わせてもらって、雑木林の下を潜っていく道である。
どちらが近いというのでもなかったが、私は、或る日その農家の私道を抜けてバス停へ向った。
バス道路へゆく曲がり角に、冬の夜になると灯りを見せる家があって、その裏手に、何時もみている辛夷の大木がある。
辛夷が散りつくした或る日、ふと其処を見るとも目がいった。白いはずの辛夷の花びらは、赤みを帯て地面いっぱいに散っていた。
咲いているときには見えない花びらの付け根の赤さが、木から離れて現れるのである。
その赤さがなんだか異様な痛々しさに見えた。

(99)・・辛夷・・
散っている辛夷の花びらの赤さに気がついてみると、急に林の中の小路に一人で居ることが心細くなった。あたりの黒土の暗さにのせた花びらだけが、浮き上がるように白く赤く、周りの暗さを押し広げていた。
そのとき、その花びらの敷き詰められた空間に、のそりと動くものがあった。猫が入ってきたのである。痛々しい辛夷の花びらの敷き詰めれられている空間には犬では似合わない。そのことを、天地をつかさどる神が知っていたかのようである。
猫は、自分のために敷き詰められているかのように、ゆったりとその場所に留まっていた。
縞柄がよく見るとルリに似ていた。いや、そこにいるのはルリだった。
なんのために居るのか分からなかった。「ルリ!」と呼んでみたが、聞えない振りをした。
私たちには聞えない車の音を、遥かなところから聞き取る猫に聞えないはずはないのである。
二度ほど呼んでみたが、私の方を一瞥もしなかった。
まるで、辛夷の下がこの世の外側であるかのように。
「なによ!」と私は呟きながらバス停へ走った。

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