黄泉比良坂

名にし負う黄泉比良坂を見てこようと思っていたら、古事記にゆかりの地を全部歩いたという吟行友達が一緒に行ってくれるという。それにしても高天原を天上の神々の居るところとして、列島の端っこに黄泉の国の入口とするのも、中央集権的というか、現在にも通じる感覚だ。村のはずれに墓地を造るようなもの。

 黄泉を塞いだ岩は思ったよりも小さかった。岩の前には楊梅(やまもも)が植えられていた。醜女に最後に投げたのは楊梅だったとしたらちょっと小さいが色としてはふさわしい。お願いしたタクシーの運転手さんは詳しくて、揖屋神社→黄泉比良坂→阿太加夜神社→風土記の丘資料館 →神魂神社→熊野神社→須賀神社→八雲山裾巡り(・・夫婦石)→八重垣神社(鏡> 池)と効率よく巡ってくれた。

茶臼山は目に焼きつくほど何度も目の前に現れた。それにしても、巡ったあたりの人気のなさは、昔は浅篠原だっただろう。山裾を巡りながらときどき二つ三つの棚田が現れる。二か月ほど前に観た韓国映画「牛の鈴音」を思い出させるような山村の風景である。

夕方五時には松江の駅に到着した。2日掛かると思った旅が一日で済んでしまった。明日はどうしようか、ということになったが、松江の町を歩く気も起こらなかった。日向(高千穂)なら行きたいけどね、と話し合ったが、黄泉比良坂を見た興奮をそのまま持ち帰ることに意見が一致した。それから寝台特急の出る7時30分までゆっくり食事をすることにした。

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