『山暦』 九月号 「各誌俳句鑑賞」 古堀 豊
小満の山に向かへば山の声 岩淵喜代子 「ににん」夏号
「ににん」夏号。本号では「物語を詠む」を特集。「物を書くことのできる俳人を目指そう」ということで文章に力を入れている。「ににん」集は「満」の字が全句。「小満」は二十四節気の一つで夏の二番目。陽気が盛んで万物が次第に長じて満つるという意味だという。この季語は歳時記に例句は少ない。陽気盛んで山野は生き生きと輝いている季節。新緑の山々は筍が生え、果実も育っている。小満は一日であるが、その山に向かえば山の声が聞えてくるというのだ。山の動物や植物など生きているものの命の賛歌が聞えてくるという。「小満」五句と山の声に納得した。
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「嘘のやう影のやう」句集評 須藤昌義 (海原9月号)
嘘のやう影のやうなる黒揚羽
眠れねば椿のやうな闇があり
雫する水着絞れば小鳥ほど
雑炊を荒野のごとく眺めけり
第一句目は句集名となった句である。「影のやう」は誰でも言えるが、「嘘のやう」とは言えない。二句目の「椿のやうな闇」三句目の「小鳥ほど」四句目の「荒野のごとく」いずれも卓越した比喩である。
陽炎や僧衣を着れば僧になり
その中の僧がいちばん涼しげに
雁來月風の気配の僧進む
どの句も僧のありようが際だつ
校庭の真中空けて運動会
古書店の中へ枯野のつづくなり
冬霧の真中に霧の太柱
いずれも独特の感性による把握で読者を納得させる。わが道を行く作者の並々ならぬ感性と、思い切った表現も楽しめる句集である。
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「嘘のやう影のやう」句集評 中丸まちえ (山暦八月号)
草餅をたべるひそけさ生まれけり
海原を日差しの濁す絵踏みかな
暗がりは十二単のむらさきか
海風やエリカの花の黒眼がち
それぞれの誤差が瓢の形なす
雪吊の雪吊ごとに揺れてゐる
白鳥に鋼の水の流れをり
大岩へ影置きに行く冬の犀
泣くことも優性遺伝石蕗の花
山茶花に語らせてゐる日差しかな
老いて今冬青空の真下なり
俳句は寄り道ばかりしてきたと著者。独特の感覚に魅了されるものがある。