第一回 夕涼み

岩淵喜代子 

 近くのスーパーストアーの前に欅が何本か植えられていた。
 毎年、その欅の葉が茂り出すと、なぜか雀の大群がやってきて宿にしてしまう。昼間はどこかに出掛けるらしく姿を見せないが、夕方になると貝をこすり合わせるような雀の鳴き声が、どの樹からも聞こえてきて、通りかかる人たちの足を思わず立ち止まらせるのである。それからややしばらくして、あっけにとられたように雀のすさまじい声に目を向けていた。

 通りかかった二、三人の高校生が、一様に、「なんだ、なんだ」と声を上げて、足元を眺めまわした。そこにはペンキを振りまいたように、白い斑点が一面に散っていたのである。前へ直角に倒していた首を、こんどは反対にそらして欅の梢を仰ぐ。そこから降る雀のすさまじい歓声に気がつくと、「お前らのやっていることじゃ仕方がないな」と、いうふうに立ち去っていった。

 樹の下に、店を張る八百屋は何本かのビーチパラソルを広げて、その下にナスやキュウリを並べていた。
 どうしてこんなに、この樹ばかりに集まるのだろう。どうせなら常緑樹に集まって、一年中棲みつけばいいのにと思うのだが、なぜか毎年葉が茂りだすと集まってきて、葉が落ちるとどこかへ行ってしまう。いったいどこへ行くのだろう。

 買物に行くたび、雀の喧噪に驚いてみないと気が済まないような気持ちもあって、一度はその樹を眺めるために立ち止まる。
 ストアの二階のテラスに立つと、欅の茂っているあたりと並ぶようになる。
 その日はなぜか一羽の姿も声もなく、あまり静かなので、何かの方法で雀を寄せつけないようにしたのかもしれないと思った。そう思いながら樹へ目をやると、黒いコードが幹に張りついていた。きっと音波か何かで雀を追いはらっているに違いないと思った。そう思いはじめると、それは確かな事実のような気がして、糞の公害ぐらい我慢したっていいではないかと、ひとりで腹を立てていた。

 そのとき、建物の陰から五、六羽の鳥が現れて欅の茂みの中にもぐり込んだ。それから続けざまに、欅へもぐり込む鳥があって、急にあたりがにぎやかになった。
 私の立った位置からは、雀がどこから飛んでくるのか見通すことが出来ないが、すぐ目の前の建物からひょいひょうと現れては、欅の茂みに入りこむ。そのくりかえしが二十分ぐらい続いたと思うのだが、まだ帰ってくる雀があった。雀はどれも同じに見えるので同じ鳥がぐるぐるまわっているようにみえたが、さえずりはいよいよ凄まじくなった。

 私は安心したような、気が済んだような心持で、その場を離れながら、もう一度雀の樹をふりかえった。何羽かの雀が家の縁側にでも出でいるかのように、樹の上を通る電線の上に並んで、「まだ寝るのは早いよ」と言いたげであった。
 それは近ごろ、人間の世界ではあまり見られなくなっている夕涼みの情景だった。

(ふらんす堂『淡彩望』より)