岩淵喜代子著『二冊の「鹿火屋」ーー原石鼎の憧憬』 邑書林   

『椎』2015年1月号

書架光彩56  筆者・戸塚 きゑ

頂上や殊に野菊の吹かれ居り
淋しさにまた銅鋸うつや鹿火屋守
秋風や模様の違ふ皿二つ

多くの名句を残した原石鼎(明治一九〜昭和二六)は、出雲市生まれ。中学の時新任教師で子規門の俳人竹村秋竹の影響を受け俳句を始めた。京都医専に行くも文学との葛藤で中退。深吉野で医院を営む兄の手伝いをしながら吉野詠をホトトギスヘ投句、虚子から激賞された。

大正四年ホトトギスに入社し俳旬に専念、大正俳壇の雄となった。しかし、二年で退社。同十年「鹿火屋」を創刊し主宰。同十二年頃から精神も健康も不安定となり、やがて隠棲生活に入る。

石鼎には神の句が多いが、それは出雲への郷土信仰による。神を強く意識し執筆欲ばかりが旺盛になっていった。神に憧れ、呆ては神そのものの世界へ紛れ込んでいく石鼎。「鹿火屋」の編集部は、思うまま書かせ、それを発表する場として石鼎だけに見せる『鹿火屋』を造本した。昭和十六年十月号と十七年一月号の二冊である。

筆者は、この二冊の復刻版を掲載し一般用との違いを克明に考察している。また深吉野時代の句群や神を詠んだ句の背景等も詳らかに記述してあり、内容が濃く読み応えがある。石鼎の知られざる部分を解明した貴重な一書である。

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