評者・高道 彰 『運河・主宰・茨木和生』七月号 「句集拾珠」より
あとがきに「立冬の印象で、一番濃く覚えているのは、その日に出羽三山のひとつ、月山に登ったことである。(略)当時四十代だった(略)原裕先生を加えた男性三人と私だけで頂上を目指した。(略)雪道で原裕先生の(略)その荒い息の合間に、 「芭蕉が月山に登ったのは、僕と同じ歳だったよね」とおっしゃった、と記す。 十九三六年、東京生まれ。第四句集。
顔洗ふ水に目覚めて卒業子
黒板に映りはしない春の雲
春愁の顔洗ふたび目を閉ぢる
陽炎や僧衣を着れば僧になり
僧衣を着れば僧になる私、僧衣を脱げば何になるのか。僧衣にかわる着衣を探すしかない。ふと日常の平凡にあきた私の小さな冒険、陽炎の消えるまでのつかの間の。
花果てのうらがへりたる赤ん坊
鎌倉の武蔵鐙の咲きにけり
どうも若武者の面影が立つ。頼家または実朝の面影が。それに実朝を暗殺した公暁が。風にゆれる武蔵鐙のその奥に。
新しき蛇籠を抱いて来たりけり
鱧食べてゐる父母の居るやうに
雫する水着絞れば小鳥ほど
さわやかな機知がきもちよい。それになんともいえないコケットリーがある。できれば翡翠色の水着でありたい。
湖風にハエトリリボンあそびをり
水引の咲きすぎてゐる暗さかな
大叔母に会ふや錦鶏菊の野辺
それぞれの誤差が瓢の形なす
それぞれの誤差ということはみなすべて誤差ということで、真の値がないということでなんともおかしく、つい笑ってしまった。なんとも愉快になる俳句である。
鳥に無き眉を真白く秋遍路
古書店の中へ枯野のつづくなり
この枯野は安堵につく溜息のような温かさがある。古書もまた。
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評者・星井千恵子 『遠嶺・主宰小澤克己』七月号 俳スコープ
著者は同人誌「ににん」の創刊代表であり、2001年に句集「螢袋に灯をともす」により第一回俳句四季大賞を受賞されている。又、句集のほかにも著書を多数手掛けておられる。句集名は〈嘘のやう影のやうなる黒揚羽〉より。
釦みな嵌めて東京空襲忌
天上天下蟻は数へてあげられぬ
三角は涼しき鶴の折りはじめ
雫する水着絞れば小鳥ほど
雑炊を荒野のごとく眺めけり
対象への視点が実に斬新であり、言葉を生き生きと操る作者に、憧憬を覚える。
齋藤慎爾氏は、栞に「この一巻には、岩淵さんの死生一如の精神が蒼白い燐光を放っておる」、と述べている。
草餅を食べるひそけさ生まれけり
草紅葉足を運べば手の揺れて
枯菊の匂ひや祖母の居るごとく
泣くことも優性遺伝石蕗の花
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評者・高木直哉 「鴻・主宰・増成栗人」七月号 俳書紹介
草餅をたべるひそけさ生まれけり
この巻頭句をはじめ、対象を鋭い感覚と確かな目で捉えた写生句が多い。
箒また柱に戻り山笑ふ
雫する水着絞れば小鳥ほど
瞬間のうちかさなりて滝落ちる
それぞれの誤差が瓢の形なす
雁來月風の気配の僧進む
草紅葉足を運べば手の揺れて
同じ写生句でも対象が動物になると、作者の感性はなお冴え、動物が生き生きとして楽しい。
嘘のやう影のやうなる黒揚羽
幻のように現れては消える黒揚羽をよく言い当てている。表題句である。
水中に足ぶらさげて通し鴨
金銀の毛虫は何処へいくのやら
月明の色をさがせばかたつむり
三日月の夜の大好きな山楸魚
孑孑のびつしり水面にぶらさがり
むかうから猫の覗きし水中花
運命のやうにかしぐや空の鷹
短日の象を洗つてをりにけり
水仙の日向に大き猫来る
大岩へ影置きに行く冬の犀
多くを占める写生句の間に、リリカルで硬質な心象風景の句が顔を出す。
虎落笛夢に砂金のこぼれつぐ
想念の句に対してはとにかく深読みになり勝ちなものだが、あまりきめつけないで、自由に解釈を楽しんだ方がよいのではないか。「砂金」では、太宰治の「すべてを取り去ったその底に砂金のように残るものが、本当の物である」の言葉を思い起こす。
暗がりは十二単のむらさきか
水澄むや鏡の中に裸馬
かりがねや古書こなごなになりさうな
花枇杷のひそひそと散る嫉心かな
雑炊を荒野のごとく眺めけり
古書店の中へ枯野のつづくなり
梟の夜ともなれば諦める
火星とは末摘花の懐炉とは
揺り椅子をゆらさないでよ春の闇
卯の花が咲いたのですねこの村も
天上天下蟻は数へてあげられぬ
ところどころに柔らかなクッションのように、この様な口語の句が置かれているのも特徴であり、作者の懐の深さを示すものであろう。
栞において、斎藤慎爾は作者を「〈陸沈〉の佳人」という。陸沈とは孔子の言葉で、「世間に捨てられるのも、世間を捨てるのも易しい事だ。世間に迎合するのも水に自然と沈むやうなものでもつと易しいが、一番困難で、一番積極的な生き方は、世間の真中に、つまり水無きところに沈む事だ、」との小林秀雄の感想文を引いた上で、
「私は俳人たちが華やかに回遊する喧騒の只中で、悠揚迫らぬ態度で秘かに〈陸沈〉している岩淵さんを目撃しているのである。」 と記している。
みな模倣模倣と田螺鳴きにけり
作者は「あとがき」に「川崎展展宏先生が総合誌の五十句応募を促してくださったこともあったが、ついに一度も挑戦しないままだった。」と記しているが、これは徒らに世間を気にせず、自己に深化して研讃に徹したということなのだろう。己を叱咤して励む作者の姿勢を見ることのできる句である。
一生のどのあたりなる桜かな
生きた日をたまに数へる落花生
死もなにもかもつまらなく臭木の実
時雨空友が老ゆれば吾も老ゆ
人並みに月日過ぎ行く白桔梗
生きて知るにはかに寒き夕暮れよ
作者の死生感が垣間見られるような句も、あくまで客観的であり、過剰な情感は流れない。
老いて今冬青空の真下なり
凛として爽やかな作者の立姿である。
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