俳句の窓 評者 木口みか
狼の闇の見えくる書庫の冷え 岩淵喜代子
(『俳句』二月号)
古い書物の匂い、薄い目差しに煙のように舞う挨…。書庫というものは、どこか恍惚とした思いを誘う。一方、暗がりに思いがけない気味悪さを感じることがある。
油絵具にチタニウムホワイトという色があり「狼色」と呼ばれる。白の中でも特に隠蔽力が強く、他の色を喰ってしまう所以だ。この〈闇〉もそんなふうに、空間も時問も塗りつぶしそうな得体の知れないものだったのかもしれない。
作者は、書架の向こうの闇に何かが潜んでいると感じ、その冷たい視線に触れた。それを〈狼の闇〉と呼んだことで、〈冷え〉は大気の温度から離れ、生々しい感触をもって足元を這いのぼってくる。