締め切りを課す

 綿屋の坂の途中の、ブリキ屋、正確にはなんと呼ぶのか。そこがいつからか経師屋に替わった。特別に看板が出ているわけでもなかったが、ガラス越しに表紙を剥がした襖が立てかけてあるのを見たり、店から襖を車に積んでいるのをみたからだ。 経師屋とは、屏風や掛軸などの表装する職人だが、なんだか時代劇がかった呼び名である。経師とはその文字面から、経を書き写すことを業とした人も含まれているらしい。表具屋というほうが新しいかも。

 ブリキ屋から表具屋に替わった時から、「うちももう張り替えなくては、と思いながら過ごしていた。だが、億劫だったのは、そのためにしばらく家の中が落ち着かなくなることと、押入れが全開になることだった。しかし、先日連れ合いの退院日に迫られて部屋の整理をしたように、頼んでしまえば何とかなるものだと結論つけた。 

「襖」と一文字だけ書かれたガラス戸を明けても人気はなかったが灯りがあったので声をかけた。経師屋とか表具師などという呼び名はずいぶん古めかしい印象を持つが、その作業場も時代物映画の中でのセットときっと変わったところはないだろう。

真ん中に据えた作業台の向こうから現れた主は、案外若いのかもしれない。あるいは団塊の世代かな、とも感じられた。何枚っていうから、「えーと、天袋も二枚になるのかしら」と尋ねるとそうだという。そうすると一間の押し入れは四枚になるなと計算して、半間の押し入れも観音開きは四枚になってしまうのも知った。

そんなふうに数えていると、そんなにあるなら値引きもしますよ、と主が言った。
「あと部屋の間仕切りは両面ね」と念を押してから四枚の両面と片面は壁紙の戸が四枚だと言った。
「それじゃ、一日じゃー貼れないないなー、それに乾かす日も見なければならないから、寒くて困る部屋を先にやりますよ。なにしろ、完全に乾かないの入れてしまってからストーブなどを焚くと剥がれ易くなるからね」
「いいですよ、何日かかっても、」

我が家は個室が少ない。冷暖房もリビングの左右の部屋の戸が開けてあるような状態で住んでいる。だから、無くても一向に困らない。まして襖の多い和室は平素は使っていない。
「取りにいくのは2,3日過ぎてからだけど」
「その位あとのほうがいいわ、まだ受け入れ態勢が出来ていいないから」
そうそう、出来ていたらもうとっくに頼みに来ているんだから、と、胸の中で呟きながら帰ってきた。

やはり新しいはいい。その明るさに何度も眺めまわした。思い出したのは、二宮にある石鼎旧居だ。そこの中心の部屋の襖には石鼎が書いた雁の絵が貼ってある。コウ子夫人が、石鼎の絵の散逸を惜しんで使用したものだ。あれから、何十年と経っている。今でもあのままだろうか。少なくとも私が最後に訪れた平成2年あたりまでは雁の絵だった。

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