‘他誌からの転載’ カテゴリーのアーカイブ

『笹』主宰・伊藤敬子

2009年12月13日 日曜日

受贈俳誌より ―感銘の一句ー   筆者 大平和男

  一隅に火星黄色く刈田道      岩淵喜代子

 火星は地球のすぐ外側をまわる惑星で、地球との接近時にはその赤く不気味な印象の輝きが、どの惑星より人目を引くものである。1997年の探査機の映像では赤ちゃけた大地に遠く山脈も鮮明に映り、調査では地球と同じように四季の変化もあり、将来移住するとしたら最も可能性の高い惑星と言われている。そんな火星は古代より人類に親しまれていて、ギリシア神話ではアレスの名で農耕の神として崇められていたのである。
 揚句は稲を刈ったあと寂しくなった刈田道で作者は空の一隅に黄色く光る火星を発見し、稲作の豊作を神に感謝された一句であるが、火星への人口衛星の旅を思われたのかもしれない。            「ににん」秋号より

  『現代詩手帖』2009年11月号

2009年11月16日 月曜日

詩書月評   田中庸介
    
岩淵喜代子『評伝 頂上の石鼎』(深夜叢書)

 俳句結社「鹿火屋」の創始者であるホトトギス派の俳人、原石鼎の波乱万丈の生涯を、豊富なリサーチをもとに描く好著。

   青天や白き五瓣の梨の花     石鼎

という句について著者は「俳句というもののの本意を見せて貰ったような気がする。造形的な構図が情緒を斬捨て、潔く青空に置かれた五瓣の花びらとその輪郭が真直ぐ心に届く」と評する。
  さらに藤村弘氏の「最高の句は無私性の中に生まれるのではないか。それは私にとって耐え難い恐怖だった。私は〈私〉を捨てたくないのだ。短歌なら、と私は考えた。〈私〉に執することのなかからも最高のものが生まれ得るのではないか」という文章を引き「俳句の分野に踏み込むという事は、非情な潔さを覚悟しなければいけないのではある」と告げる。
  いずれのご意見もよくわかるが、現代詩は無私の中に屹立すべきか、私性の中に屹立すべきか。実はそれは、まったく自由だと思う。むしろ、一編の長さが比較的長いことによって、意味性だけにとまらず、「ことばの音楽」として詩のなかの時間を活用できることが大きい。
  だが、あまりにも音楽性に依拠しすぎると、詩の内容が骨抜きになり詩形の凋落を招きかねないのだ。その危惧を覚える者にとって、いま短詩形の作家たちから学ぶべきことは多い。

『天為』2009年11月号  主宰・有馬朗人

2009年11月15日 日曜日

次郎より太郎のさびし桐の花      岩淵喜代子
              (『俳句四季』八月号「螢」より)

 私の地域には、子どもが生まれると桐の木を植えるという習慣が最近まで残っていた。私が生まれた時にも祖母が何本か私のために植えてくれた。それが小学生の頃には見上げるほどに大きくなって独特の紫色の花を咲かせていた。
 我が家は、戦後の農地改革で農地の大半を失い、父が教師をしなければならない兼業農家であったからであろうか、嫁姑の諍いで母がよく里へ帰る事がよくあった。その時母はいつも弟を連れ、長男である私は祖母の元に残して帰っていた。残された私は、桐の木の下で恨みに潤んだ目で母と弟を眺めていた。二人の姿が見えなくなっても眺め続けていると、いつも祖母がそっと迎えに来てくれていた。そして、その夜は必ず祖母は夕飯に双子の卵をつけてくれていた。
 今も幼い男の子を連れた親子を見ると、私にはこの時のことが鮮やかに甦ってくる。悲しい長男の性である。しかし、そのときの桐の花にはいつも美しい紫の花が咲いている。桐の花は永遠に忘れられない祖母と私のさびしい花である。

『ひいらぎ』 主宰・小路紫峡  2009年11月号

2009年11月5日 木曜日

現代俳句の鑑賞            竹内柳影 評

   ががんぼの打つ戸を開けてやりにけり     岩淵喜代子
  
  「ががんば」は〈蚊の姥〉といわれるように、実際、大きな蚊そのものに見える。外見から、あれに剌されたら大変なことになる、と恐怖を覚えるのだが、入に害は与えない。といっても、わざわざ「戸を開けて」やってまで、家に入れることはないだろう。
  揚句の「ががんば」は、家の中から、外に出たがって「戸」を打っているのだろう。それを「戸を開けて」逃がしてやった。生き物にたいする、作者のやさしさが窺われる句である。 
                                 (「俳句四季」八月号「螢」より)

『遠嶺』11月号  主宰・小澤克己

2009年11月2日 月曜日

現代俳句批評(5)      評 浜田はるみ

次郎より太郎のさびし桐の花      岩淵喜代子

 丈高い一本の「桐の花」を目印にした旧家がある。家督を継いだのは〈太郎〉。一族の要として常に縁者に囲まれ、父祖の築いた地位を守っている。そこから一歩も動けない。一方、〈次郎〉は自由ではあるが一人で人生を構築しなければならない。その厳しさ、哀歓はそれぞれの筈だが、「桐の花」と背中合せの〈さびし〉さは、時代の新しみを見据えつつも守るべき伝統を負った者の一種の疎外感か。受け取った財産が大きければ大きい程、責任も重い。『俳句四季』八月号、「螢」より

『運河』2009年10月号・主宰茨木和生

2009年10月11日 日曜日

俳誌逍遥     筆者 山 内 節 子
 
「ににん」  二〇〇九年 夏号
 創刊=平成十二年十月・朝霞市  創刊・代表=岩淵喜代子
 同人誌 季刊 通巻第三五号 
 
 岩淵代表は学生時代から詩を書き、俳句は「鹿火屋」で原裕に、「貂」創刊同人として川崎展宏に学ぶ。連句にも造詣が深いと聞く。
 「ににん」創刊にあたって、「俳句を諧謔とか滑稽などと狭く解釈しないで、写実だとか切れ字だとか細かいことに終わらないで、もっと俳句の醸し出す香りを楽しんでいきたい」と語る。
 評論や句評にも力を注ぐ。代表自身も創刊以来、連載評論【石鼎評伝「花影婆娑と」』を重ねて来た。綿密な調査と貴重かつ膨大な資料に基づいたこの連載評論は、筑紫磐井氏が新聞誌上コラムで取り上げたほど。
 残念ながら、これは「ににん」前号の三四回で打ち切り。最終章を附けて、深夜叢書・評伝『頂上の石鼎』として近刊予定という。
 本号ではその予告も兼ねて、『特別企画「石鼎を語る」』と題した座談会を誌上掲載する。出席者はその刊行に当たった深夜叢書代表の斎藤愼爾氏、「大」「なんぢや」の土岐光一氏、文芸ジャーナリストの酒井佐忠氏、「ににん」から清水哲男氏、正雄勉氏と代表。
 普羅と並べて「二人の新人を得たり」と虚子に言わしめた俳人石鼎。彼の人生観、自然観に迫る討論に、この近刊書への期待がふくらむ。
 
 『物語を詠む』は、古今東西の小説や児童書などをテーマに同人諸氏が二十四句を詠む。原典にとらわれない自由な詠み方に、却って俳人の個性や興味の対象が如実に出て面白い。

 岸本尚毅氏特別寄稿コ石森延男の『千軒岳』を詠む」より
   猿曳や猿の義経栗を喰ふ
   黒き海に白き波ある絵踏かな
 
 伊丹竹野子氏「夏目漱石の『草枕』(その二)を詠む」より
   落ち椿地虫に吸はれゐたりけり
   芹薺ほろりと苦き水の角
  
 「ににん集」はテーマ詠。アプローチは各氏各様、ひとり五句ずつ詠む。今回のテーマは「赤」。「赤とは大すなわち人の正面形。これに火を加えることは禍を祓う意がある。」と。この会意文字「赤」の意味も踏まえ、句を拝見。
   赤い糸切って静かや芙美子の忌    四宮 あきこ
   赤牛の乳はとばしる夏木立       武井 伸子
  
「さざん集」同人自選五句より
   膝埋めて合掌の屋根葺き替へる    宇陀 草子
   茄子一生食ふ夢を見し寝汗かな    木津 直人
 
 木佐梨乃氏の【英語版奥の細道を読む】は、ドナルド・キーンの訳文と原文を比較解説。他、充実の連載評論や句評エッセイなど、同人一人ひとりの俳句意識が高い俳誌である。

『繪硝子』2009年10月号・主宰和田順子

2009年9月27日 日曜日

結社誌を読む       谷中淳子

   赫き衣を赤く映して夏の海     岩淵喜代子

 夏の茂りに囲まれた湖は、普段よりも深い色をたたえている。そこにちらりと影がさす。あかい衣服が映ったのだ。もとの色より少し暗いのは、湖の色の深さゆえだろう。「赫」は燃え上がる炎の色、「赤」は燃えている火色を表すという。文字の使い分けによって、色のトーンの違いを表現しているのが視覚的な効果をも生んでいる。
 この作品は題詠「赤」五句のうちの一句で、同時発表に〈赤き花数へて椿にゆきつきぬ〉もある。 
岩淵氏は「鹿火屋」「貂」等を経て、平成十二年季刊同人誌「ににん」を創刊。

『諷詠』2009年9月号・主宰 後藤比奈夫

2009年9月27日 日曜日

現代俳句私評   遠藤睦子

      山の宿ペン書きの蟻走り出す     岩淵喜代子

 たしかに蟻は黒っぽく、大きさも同じ程であり、手足はペン書きのように細い。作者は山の宿に滞在されて、元気のいい山の蟻の走り出す姿を発見されたのであろうか。「ペン書き」は大変的確でユーモアもあり、その動きが見えて楽しい。
 机上に文章など書かれているかも知れない作者と重なって想像の広がる作品である。同時掲句、「ががんぼの打つ戸を開けてやりにけり」なども小さな生き物を通して細やかな季感への心の注ぎ方に感銘。                       

                             (「俳句四季」八月号(螢)より)

「銀化」2009年9月号・主宰中原道夫

2009年9月17日 木曜日

「現代俳句月評」より         評者 山田 露結

     海月浮く神父は今日の祈り終へ      岩淵喜代子

 海月が浮いていうことと、神父祈りを終えたこととは直接関係がないように思われる。神父は祈るということを自らが生きていく上での役割として日々を過ごしている。
 専門的なことはわからないが、ただ浮いているだけのように見える海月もきっと、海月が生きてゆく上での役割として、そうしているに違いない。
 あらゆる生命がそれぞれの役割の中で生れて死んでゆくことの不思議を思う。
                                         (俳句研究夏号発表句)

『増殖する俳句歳時記』より   三宅やよい評

2009年8月24日 月曜日

   かはほりのうねうね使ふ夜空かな

 幼い頃、暗くなりはじめた屋根の周辺にこうもりはどこからともなく現れた。こうもりの羽根の被膜は背中と脇腹の皮膚の延長で、長く伸びた指を覆うようにして翼となったそうだ。肘を少し曲げたねずみが両手をぱたぱたさせて空を飛んでいるようなもので、鳥のように直線的な飛び方でなく「うねうね」という形容がぴったりだ。
 夜空を浮き沈みするように飛んでいるこうもりを生け捕りにしようと兄は丸めた新聞の片端に紐をつけこうもりめがけて飛ばしていたが、子供の投げる新聞玉が命中するわけもなくあたりは暮れてゆくばかりであった。深い軒や屋根裏や、瓦の隙間に住んでいたこうもりは住み家がなくなってしまったのか。 
 長い間こうもりを見ていないように思う。夜空をうねうね使いながらこうもりは何処へ飛んで行ったのだろう。『嘘のやう影のやう』(2008)所収。(三宅やよい)

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 我家から五分ほど歩くと黒目川に出る。橋のあたりの外灯の周りに、あきらかに鳥と違う飛翔で群れている。それを見るためとも、夕涼みのためともなく出かけることがある。蝙蝠とも書き、蚊喰鳥とも呼ぶ。字のごとく蚊のような小さな虫を食べるのだろう。

 昼間は何処に潜んでいるのか見たことはないが、俳味があるといえば、その存在そのものが俳味のような動物だ。 それでも、私が目にするのは燕ほどの小さな蝙蝠だから、少しも気味悪さは感じないが、これが、羽が一メートルもあるような大蝙蝠だったら、とても、近くには居られない。

     蝙蝠やうしろの正面思い出す    

 多分第一句集だったと思うのだが、蝙蝠の句はこの2句しか作っていないような気がする。

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